現在担当している患者さんのお話を少し。
もともと、うつ状態で神経内科に、高血圧で当科に、膵臓良性腫瘍で消化器内科に定期受診していた女性の患者さん。
ご主人も肺気腫を患っておられるとのことで、数年前から一緒に通ってくるようになった。
ご本人は不安がち、ご主人は良くも悪くも楽天的。
服薬コンプライアンスの悪いご主人を、本人がいさめる、という夫婦漫才が、診察室での日常だった。
そんな中、ご主人の病状に悪い兆しが出始める。
治療に難渋する貧血が出始めた。
他院の血液内科に紹介したところ、骨髄異形成症候群とのこと。
定期的に併診していただくことになった。
今年の夏になって、さらにご主人の病状に変化が訪れる。
急性白血病転化したのだ。
入院して抗がん薬治療を受けるも、不運にも急性間質性肺炎を合併し、晩夏に亡くなってしまわれた。
そんなわけで、ご本人のうつは悪化する。
大切なご主人を亡くされて、一人暮らしになったわけだから、無理もない。
それでも頑張っていたのだが、1か月くらい引きこもりがちになり、食事ものどを通らず、微熱があるとのこと。
常に何かに追い立てられているようで気分が落ち着かない。
いっそ死んでしまいたいと思うこともあるが、娘がいるのでそれもできないと。
先週末、荷物を携えて入院希望で病院にお越しになった。
残念ながら入院病床がすぐには準備できず、今週早々に入院していただいた。
全身精査をしても、内科的には特別悪いところは見つからず。
いつもお世話になっている臨床心理士の先生に評価していただいたら、抑うつスクリーニングで重症の部類に入るとのこと。
今週中に、他院の精神保健指定医に相談することにした。
いわゆるグリーフケアを始めることになるのだろう。
grief care
配偶者や子供、親などの家族、親しい友人などと死別した人が陥る、複雑な情緒的状態を分かち合い、深い悲しみから精神的に立ち直り、社会に適応できるように支援することをいう。グリーフgriefは深い悲しみや悲嘆を意味する英語で、悲嘆ケアや遺族ケア(bereavement care)ともよぶ。落胆や絶望体験を伴う遺族などのグリーフには、多くの場合、ショック期、喪失期、閉じこもり期、再生期という回復までの段階があり、この過程をグリーフワークgrief workやモーニングmourning(服喪)ワークという。このような精神状態は正常な心理反応であり、自然に回復する過程をとるが、これが抑圧されるなど正常に行われないと、病的悲嘆という、精神や身体的な疾患を伴って長期化することがある。
日本では2005年(平成17)4月25日に起こった西日本旅客鉄道の福知山線脱線事故を機に、グリーフケアが一般に知られるようになった。事故の遺族に対する継続的な取り組みの一環として、2009年聖トマス大学(兵庫県尼崎市)に日本初のグリーフケア専門の教育研究機関、グリーフケア研究所が、JR西日本あんしん社会財団の寄付により設立された。同研究所は2010年に上智大学(東京都千代田区)に移管された(研究所の所在地は大阪市北区の上智大学大阪サテライトキャンパス内)。
アメリカやイギリスでは、患者をみとった病院に遺族が死後も定期的に通い、現状に沿って医師やグリーフアドバイザーから助言を受けることが浸透している。日本では長い間にわたり、近親者や近隣住民との密着した人間関係、仏教の存在などによって悲嘆が癒やされてきたと考えられるが、このような慣習が急速に薄れ、核家族化や都市化が進んでいる現代では、悲しみに寄り添う存在や代替となるケアが求められている。[編集部]
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出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)/日本大百科全書(ニッポニカ)
今年最後の外来には、この患者さんも退院後初診で、奥さんの四十九日を終えてやってくる。
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e915037.html
この年末のがん診療は、グリーフケアで暮れていく。