「病院はホテルじゃない」から、「ホテルは病院じゃない」へ

 新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、7都府県に限定された形ではあるが、近々に緊急事態宣言が発出される見通しとなった。

 2020/04/07に発出、2020/04/08に発効する見通しとのこと。

 これを受けて、直ちに小池都知事は、発効後に緊急事態措置を開始すると記者会見で述べた。

 東京都だけでなく、病床を含めた医療資源の不足が深刻化している。

 いよいよ、無症状者・軽症者は病院では賄いきれなくなり、東京都は東京駅近くの東横インの協力を得て、まずは200床のホテル客室を確保し、そこに無症状者・軽症者を移動させる見通しとのこと。

 ふと思い出すことがある。

 関東で修行をしてからやがて15年がたとうとしているが、当時の私にとって大きなカルチャーショックだったことだ。

 それは、

 「病院はホテルではないんですよ」

 「どうしても退院して自宅に帰るのが嫌だということであれば、近在のホテルや旅館を利用してください」

と、退院予定日を控えながら、退院を渋っている患者さん・ご家族への、指導医の言葉だった。

 理性では理解できる。

 がん専門施設において、呼吸器内科が利用できる病床数には限りがあり、できるだけ多くの患者さんに均等に治療を提供しようとするならば、医学的に退院可能となった患者さんを漫然と入院させておくべきではない。

 それは、他の患者さんの治療の遅延、場合によっては他の患者さんの治療機会の逸失を招きかねない。

 とは言いながらも、自分の担当患者に対して、

 「病院はホテルではないんです」

と断じる姿は、ある種の衝撃だった。

 

 それから約15年。

 肺がん内科診療の世界でも外来治療が主流となり、こうしたやり取りは以前よりも減ったのかも知れない。

 いや、もしかしたら、入院治療を希望する患者さんに対して外来治療を勧めるにあたって、

 「病院はホテルではないんです」

 「どうしても外来で治療を受けるのが嫌だということであれば、近在のホテルや旅館に滞在して、治療後に病状が悪化したら受診してください」

といった説明が、今でも行われているのかも知れない。

 そして今、ホテル関係者からすれば(私の実家は旅館なので、あながち無関係ではない)、

 「ホテルは病院ではないんですよ」

と言いたくなるような状況が出現している。

 政治の要請で、新型コロナウイルス感染患者を受け入れた、ホテル三日月や東横イン経営者の英断に敬意を表する。

 風評被害を考えると、並大抵の度量ではできないことだ。

 私が実家の旅館に無症候性キャリア、軽症者の受け入れを要請されたとしても、簡単には決断できないだろう。

 親や、実家に出入りする高齢の親族が感染し、命を落とすようなことになれば、悔やんでも悔やみきれない。

 医療従事者は、人々の健康のために奉仕するという職業倫理を以て業務にあたっているのでまだしもだが、宿泊施設の業務に従事する人は、決してそうではないのだ。

 果たして、大分県内の宿泊施設のうち、どの程度が県や市町村の要請に応じて、客室を拠出することができるだろうか。

 

 そして、現場での肌感覚として感じることだが、新型コロナウイルス感染症流行地域への目に見えない差別意識は、確実にある。

 私の勤務先がある市町村でも新型コロナウイルス感染者が報告されているが、他の市町村にある病院から、転院受け入れを差し控えたい、という声が聞こえてきている。

 転院調整をしている当の患者は、もともとは先方から難治性の病態に対してなんとか治療をしてほしい、との要請を受けて対応した患者であるにも関わらず、である。

 当院でクラスター感染が発生しているならまだしもだが、こうした態度は医療機関相互の関係に、後々禍根を残しかねない。

 新型コロナウイルス感染症にあまりにも気を取られて、悪性新生物や心疾患、脳血管疾患、一般の肺炎といった日本人の死因の上位を占める疾患の診療がおろそかになれば、より深刻な事態を招くことだろう。