・HER2遺伝子変異陽性肺がんに対するtrastuzumab deruxtecan

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 HER2遺伝子変異陽性非小細胞肺がん。

 苦い思い出です。

 もう7年ほども前にさかのぼりますが、1人だけこのタイプの患者さんを担当したことがあります。

 もともと他院で診療されていた患者さんでしたが、プラチナ併用化学療法と丸山ワクチンを併用したいということで私のもとにお越しになりました。

 とにかく、できることは何でもしたい、と本人・ご家族ともに考えておられました。

 化学療法も丸山ワクチンも顕著な効果なく、LC-SCRUMに参加したところ、HER2遺伝子変異陽性を指摘されました。

 当時、北海道大学でトラスツズマブの、岡山大学でT-DM1の臨床試験が行われていたと記憶していますが、HER2遺伝子変異陽性が判明したときには、既に臨床試験に参加できるような全身状態ではありませんでした。

 最終的に、苦し紛れにpan HER阻害薬であるアファチニブを使ってみましたが、残念ながら屁のツッパリにもなりませんでした。

 今回取り上げる論文の冒頭の記述によりますと、HER2遺伝子変異陽性肺がんは非扁平上皮非小細胞肺がん患者の約3%に認められ、女性・非喫煙者に多く、予後不良とのことです。

 私が担当した患者さんに見事に特徴が合致します。

 

・HER2遺伝子変異陽性肺癌

http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e808769.html

 

 

 実際のところ、HER2を治療標的とした初期の臨床試験は、まさに死屍累々たる有様でした。

 

・Studies Explore Targeted Therapies in Lung Cancer

http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e900760.html

 

・T-DM1 for HER2 positive NSCLC

http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e906042.html

 

 そんな中、以下の記事でごくわずかに触れましたが、

 「抗体-薬物複合体を用いた治療により、HER2遺伝子変異陽性非小細胞肺がん患者では60%以上の奏効割合が、現在進行中の臨床試験で示されている」

という話があり、その結果公表を待っていました。

 

・あれから20年も、この先10年も

http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e982143.html

 

 

 そして、ようやくその時が来ました。

 trasutuzumab deruxtecanは乳がん胃がんで既に有効性が証明されていましたが、今回のDESTINY-01試験で非小細胞肺がんにおいても一定の有効性が確認されました。

 参加した患者さんの95%がプラチナ併用化学療法施行済み、66%が抗PD-1 / PD-L1抗体使用済み、20%がドセタキセル使用済み、14%が抗HER2チロシンキナーゼ阻害薬使用済みということでした。

 これだけ濃厚な前治療歴があるにもかかわらず、経過観察期間中央値はわずか13ヶ月でしたが、奏効割合55%、無増悪生存期間中央値8.2ヶ月、全生存期間中央値17.8ヶ月というのは有望な数字だと思います。

 

 

 

Trastuzumab Deruxtecan in HER2-Mutant Non Small-Cell Lung Cancer

DESTINY-Lung01 Trial

 

Bob T. Li,Yasushi Goto, M.D., Ph.D., Kazuhiko Nakagawa, M.D., Hibiki Udagawa, M.D. Misako Nagasaka, M.D., Ryota Shiga, B.Sc. et al.

N Engl J Med 2022, 386: 241-251

DOI: 10.1056/NEJMoa2112431

 

背景:

 ヒト上皮成長因子受容体2(HER2)を標的とした治療は、これまでのところ非小細胞肺がん領域では承認されていない。HER2遺伝子変異陽性非小細胞肺がんに対し、HER2抗体−薬物複合体であるtrastuzumab deruxtecan(以前はDS-8201のコードネームで呼称されていた)を使用した際の有効性、安全性について、これまでのところ国際的に検証されたことはない。

 

方法:

 標準治療に対し耐性となったHER2遺伝子変異陽性進行非小細胞肺がん患者に対し、trastuzumab deruxtecan(患者体重1kgあたり6.4mg)を投与する国際多施設共同第2相臨床試験を行った。主要評価項目は独立委員会判定による奏効割合とした。副次評価項目には、奏効持続期間、無増悪生存期間、全生存期間、安全性を含めた。バイオマーカーとして、HER2遺伝子変異の多様性についても検討した。

 

結果:

 計91人の患者が登録された。経過観察期間中央値は13.1ヶ月(0.7-29.1)だった。奏効割合は55%(95%信頼区間44-65%)だった。奏効持続期間中央値は9.3ヶ月(95%信頼区間5.7-14.7)だった。無増悪生存期間中央値は8.2ヶ月(95%信頼区間6.0-11.9)、全生存期間中央値は17.8ヶ月(95%信頼区間13.8-22.)だった。安全性プロファイルは、trastuzumab deruxtecanに関連した過去の研究結果で認められたのと同様だった。Grade 3以上の薬剤関連有害事象は患者の46%に認められた。その中でも最も頻度が高かったのは好中球減少症(19%)だった。薬剤性肺障害は24人(26.4%)の患者に認められ、17人(18.7%)の患者が治療中止を余儀なくされ、2人(2.2%)は肺障害により死亡した。プロトコール治療開始から薬剤性肺障害が発生するまでの期間中央値は141日(14-462)で、薬剤性肺障害の持続期間中央値は46日(95%信頼区間24-94)だった。Grade 1が3人(3.3%)、Grade 2が15人(16.5%)で、Grade 1 / 2の軽症群が薬剤性肺障害患者全体の75%を占めた。24人中21人は副腎皮質ステロイドによる治療を受けていた。データカットオフ時点で、24人中13人(54%)で薬剤性肺障害が軽快していた。腫瘍縮小効果はHER2遺伝子変異のどのサブタイプでも同様に認められ、免疫染色によるHER2発現の有無、あるいはHER2増幅の有無と縮小効果の間には関連性は見られなかった。

 

結論

 trasutuzumab deruxtecanは、既治療HER2陽性非小細胞肺がん患者に対して、持続的な抗腫瘍活性を示した。安全性プロファイルの点では、薬剤性肺障害による死亡例が2件発生したが、概ね過去の研究で確認されたのと同様の所見だった。