EGFR遺伝子変異陽性進行非小細胞肺がんの患者さんの一次治療として、現時点で最も頻用されていると考えられるオシメルチニブ。
しかし、分子標的薬の常として、いつかは耐性化・病勢進行の時期を迎え、次の治療をどうするか考えなければならない時期がやってきます。
ORCHARD試験は、オシメルチニブによる一次治療後に病勢進行に至った患者さんに対して、再生検結果に基づく治療を提案する非ランダム化第II相臨床試験「プラットフォーム」です。
あえて「プラットフォーム=基盤研究」という言葉を付け加えているのは、「オシメルチニブによる一次治療後に病勢進行に至ったEGFR遺伝子変異陽性進行非小細胞肺がん患者」と対象患者さんを限定してはいるものの、さらにこの対象患者さんを再生検により判明した耐性バイオマーカーで選別し、その耐性バイオマーカーに適した治験治療群に割り振るように設計されているためです。
そして、治験治療で対応可能な耐性バイオマーカーが明らかになった場合にはグループAに、耐性バイオマーカーが明らかにならなかった場合にはグループBに、実臨床で既に使用可能な治療が適する耐性バイオマーカーを認めた場合にはグループCに組み入れられ、再生検を受けた方はいずれかのグループに入るように設計されています。ORCHARD試験の概要について記した以下の論文では、組織学的形質転換を認めた患者はグループCに組み入れると書かれていますが、clinicaltrials.govのORCHARD試験に関する記載を参照すると、小細胞癌や大細胞神経内分泌癌といった高悪性度神経内分泌腫瘍へ組織学的形質転換を遂げた患者はグループAに組み入れられることになっています。
そして、グループAに組み入れられた方は、その患者さんに適した各モジュール(ORCAHRD試験ではそれぞれの治験治療群を「モジュール」と呼称しています)にさらに割り振られます。グループBに組み入れられた方も各モジュールに割り振られます。一方、グループCに組み入れられた方は、実地臨床で最適と考えられる治療を行います。
さらに、ORCHARD試験の開始時点で明らかとなっていなかった新規耐性バイオマーカーやそれに基づく新規治療が新たに出てきた場合にも、試験デザインに随時組み込まれ、モジュールが増えていくこととなります。
見方を変えれば、各モジュールは独立した単アーム第II相試験として見ることもでき、予定集積患者数が満たされたら募集を終えるようです。顕著な有効性が確認されたらそのまま新規治療薬として承認を目指すことになるのでしょうし、さらに検証が必要と判断されたら第III相試験への発展など検討されるのかもしれません。
「オシメルチニブによる一次治療後に病勢進行に至ったEGFR遺伝子変異陽性進行非小細胞肺がん患者」という患者集団は世界的に見れば相当数存在するがために、はじめて可能となった臨床試験プラットフォームと考えていいでしょう。EGFR遺伝子変異陽性肺がんがドライバー遺伝子変異陽性肺がんの中では突出して多いこと、こうした患者を対象とした分子標的薬としてオシメルチニブが圧倒的なシェアを占めることが背景にあります。肺がん全体の数%しか認められないような希少な患者集団では、こうした試験デザインは実現困難でしょう。
こうした臨床試験プラットフォームが存在することが頭の中に入っていると、本試験に携わっている医師にはおのずとオシメルチニブを初回治療で使いたくなるバイアスがかかるように思います。ORCHARD試験のモジュールに登場する11種の薬物のうち、実に6種までがアストラゼネカ社が開発もしくは製造販売する薬物であり、どのモジュールにも含まれています。企業活動としては当たり前のことですが、将来どのモジュールが承認されたとしても、アストラゼネカはその果実を得られるように設計されています。巧妙な囲い込み策です。
Biomarker-Directed Phase II Platform Study in Patients With EGFR Sensitizing Mutation-Positive Advanced/Metastatic Non-Small Cell Lung Cancer Whose Disease Has Progressed on First-Line Osimertinib Therapy (ORCHARD)
Helena A Yu et al., Clin Lung Cancer. 2021 Nov;22(6):601-606.
doi: 10.1016/j.cllc.2021.06.006. Epub 2021 Jun 25.
背景:
第3世代非可逆的上皮成長因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)であるオシメルチニブは、EGFR-TKI感受性変異とEGFRT790M耐性変異の双方に由来する蛋白質を選択的に阻害し、中枢神経転移を合併した非小細胞肺がんにおいても有効性を示す。オシメルチニブで治療を受けたEGFR感受性変異を有する非小細胞肺がんの患者のほとんどは、最終的には治療耐性化・病勢進行に至る。ORCHARD試験(NCT03944772)はオシメルチニブによる一次治療後の耐性化メカニズムを明らかにし、病勢進行後の治療開発を目指す第II相試験である。
方法:
18歳以上(日本では20歳以上)の成人で、オシメルチニブによる一次治療後に病勢進行に至った、EGFR感受性変異を有する局所進行もしくは進行非小細胞肺がんの患者を対象とする。病勢進行後に腫瘍生検を行い、これを用いた分子プロファイリング結果に基づいて、対象者をグループA、グループB、グループCのいずれかに割り付ける。
グループA(治験治療群)には、プロトコールに規定された耐性バイオマーカーが陽性だった患者が組み入れられ、オシメルチニブと(耐性バイオマーカーへの有効性が期待される)新規薬剤の併用療法が試みられる。
グループB(治験治療群)には、プロトコールに規定された耐性バイオマーカーが陰性だった患者が組み入れられ、化学療法もしくはEGFR-TKIを含むプロトコール治療が試みられる。
グループC(標準治療群)には、組織学的形質転換を認めた患者、ORCHARD試験では検証しないが既に実地臨床で使用可能な薬剤の有効性が期待できるバイオマーカーを認めた患者が組み入れられ、それぞれに適した標準治療が試みられる。
ORCHARD試験は基盤研究であり、本試験遂行中に新規耐性メカニズムとそれに基づく新規治療が登場しても、それを新たな治験治療として組み込めるようにデザインされている。主要評価項目は治療担当者評価による奏効割合とした。副次評価項目は無増悪生存期間、奏効持続期間、全生存期間、体内薬物動態、安全性とした。
結論:
ORCHARD試験は、オシメルチニブによる一次治療後の耐性化メカニズムを明らかにし、耐性化後に有効な治療を開発することを目的としている。本試験で採用したモジュール・デザインは、オシメルチニブの新たな耐性化メカニズムが本試験開始後に明らかになったとしても、その耐性化メカニズムに基づくコホートや治験治療の追加が可能となるように設計されている。
なお、2022年01月23日時点で、グループA、グループBには以下のモジュールが設定されています。
・モジュール1
オシメルチニブ+Savolitinib
SavolitinibはMET阻害薬で、TATTON試験で本併用療法の初期検証は済んでいます
・モジュール2
オシメルチニブ+ゲフィチニブ
ゲフィチニブは第1世代のEGFR-TKIです
・モジュール3
オシメルチニブ+ネシツムマブ
ネシツムマブはヒト型抗EGFRモノクローナル抗体で、本邦でも進行肺扁平上皮がんに は実地臨床で使用可能です。
・モジュール4
カルボプラチン+ペメトレキセド+デュルバルマブ
カルボプラチン+ペメトレキセドは非扁平上皮非小細胞肺がんに有効とされ、実地臨床で使用可能な化学療法であり、デュルバルマブは抗PD-L1抗体です
・モジュール5
オシメルチニブ+アレクチニブ
アレクチニブはALK融合遺伝子阻害薬です
・モジュール6
オシメルチニブ+セルペルカチニブ
セルペルカチニブはRET融合遺伝子阻害薬です
・モジュール7
カルボプラチンorシスプラチン+エトポシド+デュルバルマブ
本治療は、プラチナ併用化学療法+抗PD-L1抗体の組み合わせで、進展型肺小細胞がんの標準治療のひとつです
・モジュール8
オシメルチニブ+カルボプラチンorシスプラチン+ペメトレキセド
カルボプラチンorシスプラチン+ペメトレキセドは非扁平上皮非小細胞肺がんに有効とされ、実地臨床で使用可能な化学療法です
・モジュール9
オシメルチニブ+セルメチニブ
セルメチニブは分裂促進因子活性化プロテインキナーゼ(MEK)阻害薬で、本邦でも神経線維腫症I型に対する希少疾病用医薬品として承認されています