肺がん診療ばかりをしているとどうしても知識が偏りがちになりますが、当たり前のことながらほかの分野でも日々臨床医学は進歩しています。
思えば、すっかりがん薬物療法の一分野を築いた感のある免疫チェックポイント阻害薬ですが、その嚆矢となったニボルマブも、ほんの5-6年前にはまだ悪性黒色腫にしか使用できない(それでも、そのインパクトたるや絶大なものがありましたが)マイナーな薬でした。
つい数時間前、妻が
「録画予約の空き容量が少なくなったから、これもう見たんなら消去してくれる?」
と話す番組はというと・・・。
悪性黒色腫のみから、非小細胞肺がんの二次治療以降にニボルマブの適応が拡大されようとしていたまさにそのころの「報道特集」で、画期的な新薬であるのは間違いないが、この適応拡大で国民医療費負担は劇的に増加してしまうとの警鐘を鳴らしていました。
・高齢者が増え、それとともにがん患者が増え、税を負担する現役世代は減る
・医学の進歩とともに新しいがん治療薬が次々に登場し、薬の値段は高騰する
・がん患者の増加 X 高額ながん治療薬=さらなる国民医療費の増大
・国民医療費の増大は誰のせいでもなく、強いて言えばそれを受け止めきれない社会システムの脆弱性の問題
という論調が語られていましたが、これは何もがん診療に限られた話ではなく、新型コロナウイルス感染症はさらにこの流れを顕著にしたように感じます。
新型コロナウイルスの診療を現場で担っていると、どうしても治療が必要な患者層は背景疾患をもつ高齢者に偏ります。
外資系製薬会社の高額な新型コロナウイルス感染症治療薬の費用を含め、原則として入院治療費は全額国費から支払われます。
上がらない我が国の賃金、円相場の独歩安、高まる物価、高額な治療薬の代償として国外流出する国富を想う時、「安い国、日本」というフレーズが重く心にのしかかってきます。
日本国民が海外に出稼ぎに行き、外貨を獲得しなければならなくなる日は、そう遠くないのかもしれません。
閑話休題。
もう一度冒頭のフレーズからやり直します。
肺がん診療ばかりをしているとどうしても知識が偏りがちになりますが、当たり前のことながらほかの分野でも日々臨床医学は進歩しています。
肺がん薬物療法でお世話になる造血因子製剤と言えば、白血球・好中球減少時の顆粒球コロニー刺激因子と相場が決まっており、昨今はペグフィルグラスチムがすっかり主力選手になりました。
一方、肺がん薬物療法による貧血(赤血球減少)や血小板減少に対する造血因子製剤の適応はなく、もっぱら輸血に頼りがちで、危険な水準にある貧血や血小板減少もしばしば対応が遅れることがありますし、そもそも宗教的理由他で輸血ができない患者さんもいらっしゃいます。
しかし、他の領域では貧血や血小板減少に対する造血因子製剤が使えることがあり、うらやましく思えます。
たとえば、再生不良性貧血。
たまたま現在担当しているある患者さんが、他の病院の血液内科で再生不良性貧血と診断されており、ロミプロスチムという造血因子製剤を週に1回皮下注射しています。
ロミプロスチムは血小板産生を促すトロンボポイエチン作動薬で、この患者さんはもともと頻繁に赤血球輸血や血小板輸血に依存した状態だったそうですが、ロミプロスチムを使い始めてから一切輸血をしなくてよくなったそうです。
たとえば、慢性腎臓病に伴う腎性貧血。
重症慢性うっ血性心不全と慢性腎臓病に伴う腎性貧血を合併した患者さんを現在担当しています。
心不全に対してはほぼほぼ全ての内服薬が使われている状態で、なんとか改善を図ろうとすれば手つかずの腎性貧血くらい、という状況でした。
エポエチンベータペゴルというエリスロポイエチン作動薬を2週間に1度使い始めたのですが、これまでのところ効果はいまひとつです。
腎性貧血に対してはエポエチンベータペゴルほかのエリスロポイエチン作動注射薬しか選択肢がないと思っていたのですが、調べてみるとHIF-PH(低酸素誘導因子-プロリン水酸化酵素)阻害薬というカテゴリーの内服薬に行き当たりました。
詳細は以下のリンクに譲りますが、HIF-PH系を阻害して、患者さん自身のエリスロポイエチン産生を誘導するお薬のようです。
腎性貧血で使う5種類のHIF-PH阻害薬!4つの違いで比べてみる | くすりと興味のアウトプット (kitanokusuriya.com)
来週から、ロキサデュスタットかダプロデュスタットを使ってみようと思います。
HIF-PH阻害薬は、慢性腎臓病による腎性貧血が疑われる患者さんに対しては、広く応用可能な薬ではないかと感じました。