このブログでは、よく参考データとして「中央値」を引き合いに出します。
生存期間「中央値」。
無増悪生存期間「中央値」。
奏効持続期間「中央値」。
追跡期間「中央値」。
期間のデータを扱う時には、ほぼ決まって「中央値」が登場します。
なぜでしょうか?
以下の本の一節を読んでいて、自分なりの考えを書き残しておきたくなりました。
「まぐれー投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」
ダイヤモンド社、2008年、p127-128
評論家で科学者のS氏は、40代のあるとき悪性腹膜中皮腫と診断され、長くは生きられないと診断された。
最初に聞かされたのは、悪性腹膜中皮腫患者の生存期間中央値は約8ヶ月だという事実だった。
(中略)
さて、医者の診断、とくにそういう深刻な診断を受けると、人は徹底的に調べたくなるものだ。
S氏のようにもうしばらくは生きていないと現在進行形の仕事が終わらない人ならなおさらそうだ。
よくよく調べてみると、最初に聞いたのと話は随分違っていた。
一番ちがっていたのは、期待(つまり平均)余命は8ヶ月を大きく上回っていたことだ。
そして彼は、期待値と中央値は全く別のものだと気づく。
中央値が8ヶ月だというのは、患者の50%が8ヶ月以内に死に、50%が8ヶ月以上生きるということだ。
でも、生き延びた人たちは長い間生きていて、普通の人と同じくらい、つまり生命保険会社の使う生命表通りにだいたい平均寿命を全うしている。
ここには非対称性がある。
死ぬ人たちはとても早く死んでいるけれど、生き延びた人はとても長く生きている。
結果が非対称であるとき、生存期間の平均値と中央値は全く違っている。
こんなに辛い目をして歪度という概念を思い知らされたS氏は、心の叫びを「中央値は語らない」という記事にした。
この記事で彼が書いているのは、医学研究では中央値がよく使われているけれど、あれは確率分布を正しく表現してはいないということだ。
(注:原文には明らかに誤り、もしくは不適切と思われる箇所がありましたので、一部修正しました)
もう一度、冒頭で掲げたテーマを書きます。
期間のデータを扱う時には、ほぼ決まって「中央値」が登場します。
なぜでしょうか?
私の思うに、がんの患者さんの期間(≒寿命)データを扱うにあたり、以下のような特徴があるからだと思います。
1)期間データの短い人が多数派を占める
2)期間データの長い人は少数ながらも極端に長くなることがある
上述の本の中で語られている寿命の非対称性というのは、こういうことだと思います。
1)、2)を踏まえると、調査対象とした全ての患者さんの寿命の平均値をとると、少数ながら寿命の長い人のデータに引きずられて、平均値は長めに算出されます。
例えば、平均値よりも寿命が短い患者さんが70%を占めたとき、その平均値は患者さん全体の寿命を概ね代表していると言っていいでしょうか?
一般論として、そうは言い難いです。
そのため、調査対象とした全ての患者さんのうち、50%の方に期待できる寿命として、「中央値」を掲げているのだと思います。
ある患者さんが、自分が受けようとしている治療にどのくらい期待できるのかを知るために、
「先生、頑張って治療したとして、あとどのくらい生きられますか?」
と担当医に質問したとします。
「あなたと同じような病状の方は、平均このくらい長生きしますよ」
と言われて寿命の平均値を提示されても、平均値にまつわる以上の内容をすぐに思い浮かべられる患者さんは、おそらくごくごく少数でしょう。
それよりも、
「あなたと同じような病状の方のうち、2人に1人はこのくらい長生きしますよ」
と言われて寿命の中央値を提示された方が、説明する側の医師、説明される側の患者さん、正確に内容を共有できると思います。
それでも、中央値を提示されただけでは、本の中に出てきたS氏と同じように希望を失ってしまうという方は、
・25%(4人に1人)値
・12.5%(8人に1人)値
なども教えてもらってはいかがでしょうか。
ここでは、たまたま手元にあったCOMPASS試験の生存曲線を例として挙げてみます。
進行非扁平上皮・非小細胞肺がんに対し、ベバシズマブ(Bev)+ペメトレキセド(Pem)+カルボプラチン併用療法を導入し、その後の維持療法としてBevだけでいくのがいいのか、Bev+Pemの併用でいくのがいいのかを検証した第III相試験でした。
作図して目分量でまとめたデータなので、若干の不正確さは許してください。
2人に1人は19ヶ月しか生きられない、24ヶ月しか生きられないというのでは、悲観して何もできなくなってしまう、という方も。
4人に1人は3.5-4年生きられるし、8人に1人は6-7年生きられると思えば、じゃあそこを目指していっちょやったるか、という気持ちになれるのではないでしょうか。
そして、医師の側にも、こうしたデータを提示して患者さんの治療意欲を引き出す工夫が必要なのではないでしょうか。