・AI・・・Autopsy Imaging, 死亡時画像診断

 AIといわれて誰もが思い浮かべるのは、Artificial Intelligence、いわゆる「人工知能」ですよね。

 日常会話の中で、新聞報道で、ニュースで、ソーシャルメディア上で、AIという言葉を耳にしない日はありません。

 しかし、今日の話題は「人工知能」ではなく「死亡時画像診断」です。

 Autopsy Imaging、忠実に訳せば「病理解剖画像診断」、というところでしょうか。

 

 私が社会人になって最初の勤務先だった大学病院では、担当患者さんが死亡した際には「必ず」病理解剖をしなさい、という風潮がありました。

 死亡した直後、悲しみに暮れるご家族を捕まえて、

「死因を明らかにするために、そしてこれから病に苦しむみなさんの正しい診断や治療、さらには新たな診断法や治療法の開発につなげるために、病理解剖にご協力いただけないでしょうか」

と迫ります。

 指導医からは、やむを得ず患者さんが亡くなられたとき、ご家族から快く病理解剖の許可を頂けるくらいに、一所懸命に診療に臨みなさい、と教えられたものです。

 もちろん、言葉どおりの意味合いはありました。

 しかし、その一方で、新米内科医が内科認定医資格を申請する条件として、病理医が病理専門医資格を申請する条件として、病院が各種施設認定を申請・更新するための条件として、一定数の病理解剖実績が求められていたこともまた事実です。

 病理解剖をすることそのものが、故人にとっても病院にとってもノルマだということです。

 

 大学病院、がんセンター、地方の中核医療機関、それぞれで私は病理解剖を経験しました。

 共通して言えるのは、病理解剖から得るものは確かに多いけれど新たな診断法や治療法の開発につながるような要素は少なく、一方でかなりの時間と労力を要するということです。

 なにせ、早く遺体を遺族にお返ししなければなりませんから、病理解剖やります!となればほかの業務は全て後回しです。

 病理医のスケジュールとのすり合わせが必要ですし、人手も集めなければなりません。

 病理解剖には様々な介助業務があり、とにかく人手が必要です。

 また、病理医が解剖を進めながら口述する所見を急いで所見用紙に書き留めていかねばなりません。

 カギになるような所見があったら、もれなく写真に収めなければなりません。

 病理解剖が終わるまでには、臨床経過のまとめも提出しなければなりません。 

 そして、数ヶ月後、場合によっては1年以上経過してから、臨床病理検討会という形で所見の突合せと死因の推論を行います。

 最後に病理診断報告書を作成し、遺族に届けます。

 また、病理診断報告書は、個人情報保護に配慮しつつ、各種の資格申請にも供されます。

 

 要するに、病理解剖は手間暇がかかるんです。

 一般の医療機関では無理です。

 病理専門医の確保すらままなりません。

 一方、CTをはじめとした放射線画像診断技術の進歩は目覚ましく、様々な医療機関で高精細な画像診断が可能になりました。

 我が国は、単位人口当たりのCT撮影装置数で世界一を誇ると言われています。

高度医療機器の国際比較-日本の高度医療機器配備は世界一か? |ニッセイ基礎研究所 (nli-research.co.jp)

 病理専門医は少なくとも、CTならあちこちの医療機関にあります。

 こうした背景のもと、病理解剖に代わって不可解な死因推定の一助とするためにAI、死亡時画像診断が登場したものと考えられます。

 

 先日、新型コロナウイルス感染症治療後の亜急性呼吸不全治療中に、突然繰り返すけいれん発作と眼球共同偏視意識障害、全身脱力が出現し、そのまま24時間以内に亡くなってしまった患者さんがいらっしゃいました。

 遺族と相談し、CTでAIを行いました。

 急変直後の頭部CTでははっきりした異常は見つからなかったのですが、約20時間を経て再度頭部CTを撮影すれば、広範な脳梗塞の所見が明らかになるだろうと思っていたのですが・・・。

 実際には、頭部にはこれといった異常所見は見つからず、ほぼ両肺全域にわたるびまん性肺胞障害の所見が確認できただけでした。

 釈然としないものの、少なくとも重症脳梗塞脳出血はほぼ否定され、結局死因は急性呼吸促拍症候群としました。

 しかしながら、頭蓋内出血は明確に否定できたわけで、転倒・転落による頭蓋内出血といった医療事故・過誤につながる所見がなかった、というだけでも、医療安全管理上は意味のあることかもしれません。

 

 AIを一般医療機関で実際にやってみると、それなりに課題はあります。

 第1に、病理解剖ほどではないにしても、AIを行っている間は遺族を待たせてしまうこと。

 第2に、本来生きている患者さんのケアに当たるべき病棟スタッフを、一定時間にわたりAIの業務に拘束してしまい、その分他の入院患者さんにご迷惑をかけてしまうこと。

 第3に、通常診療で稼働しているCT撮影室へご遺体をお連れして、一般診療と並行してAIを行わなければならないこと(肺がん疑いでこれから胸部CTを撮影しようと待合室で待っているとき、自分より先に誰かの遺体が同じ検査室に入っていくところを目の当りにしたら、あなたはどう思いますか?)。

 

 第3の点は、一般医療機関でのAIにおいては、本当に大きなハードルだと感じました。

 病院の評判を貶めてしまいそうです。

 AIを積極的に推進している大学病院などは、バックヤードにAI専用の放射線画像診断設備を擁しているそうで、大変理にかなっていると感じます。

 

 一方、がん診療においては、AIの必要性は必ずしも高くないでしょう。

 明らかに死因となり得るがんであることが、既に診断されているわけですから。

 とはいえ、がんの患者さんが亡くなったときにも、例えばliquid autopsy(死亡時に血液採取してリキッドバイオプシー検索をする)とAIを組み合わせるなどして、がんの診断や治療の開発に結び付くことはあるかもしれませんね。