頭痛・生理痛にノーシン、胸腹水にアバスチン

 2008年、がんセンターから大分へ帰ってきてからずっとお付き合いしている患者さんが、いま腹水貯留で苦しんでいます。

 2007年末に局所進行原発性肺腺癌と診断されましたが、放射線治療不能でシスプラチン+ジェムザール併用療法を施行され、有害事象(副作用)で継続困難となった段階で私が診療を引き継ぎました。この時点で肝疾患を併発し、通常の化学療法は困難な状況でした。

 確定診断した病院から資料を取り寄せて詳しく調べたところ、EGFR遺伝子変異陽性であることが判明し、直ちにイレッサを使用開始、良好な腫瘍縮小効果が得られ、放射線科医と再協議の末、一旦イレッサを中止の上で根治的胸部放射線療法を行いました。

 結局、後に肝転移、骨転移で再燃し、その後はアリムタ、タルセバと治療内容を変更してきました。私の異動後も患者さんは大学病院での治療を継続していましたが、タルセバの副作用に耐え切れずに一旦中止、その後急速に腹水貯留が進行しました。これ以上の積極的治療は困難と判断され、私の現在の職場の方が患者さんの自宅に近いため、再び担当医を務めることになりました。

 現在はどうしているかというと、タルセバを減量して再開し、間欠的に腹水を除去しながら経過を見ているところです。少しずつでも腹水がたまる速度が低下してくれれば、近い将来使用可能になるであろうジオトリフの治療へとつなげる光明が見えてきます。

 ですがその前に、可能性があるなら試しておきたい治療があります。

 血管上皮成長因子に対する抗体のアバスチンは、胸水貯留を伴う肺癌患者に対して胸水コントロール効果が高いことが知られています。

 今年の夏に開催された臨床腫瘍学会において、大阪府立呼吸器アレルギー医療センターの田宮先生が、胸水貯留患者に対するカルボプラチン+タキソール+アバスチンの効果を検証する第II相試験の結果を報告されました。参加した23人の患者さんを検証したところ、奏効割合は60.8%、病勢コントロール割合は87%、無増悪生存期間中央値は7.1ヶ月、全生存期間中央値は11.7ヶ月、胸水コントロール率は91.3%とのことでした。EGFR遺伝子変異陽性患者さんが4人、EML4-ALK陽性患者さんが1人含まれていたようですが、それ以上の記載はありませんでした。

Phase2 study of bevacizumab with carboplatin-paclitaxel for non-small cell lung cancer with malignant pleural effusion.

Tamiya M, Tamiya A, Yamadori T, Nakao K, Asami K, Yasue T, Otsuka T, Shiroyama T, Morishita N, Suzuki H, Okamoto N, Okishio K, Kawaguchi T, Atagi S, Kawase I, Hirashima T.

Med Oncol. 2013;30(3):676.

 また、二次治療としてのタルセバ+アバスチン併用療法の意義を検討した大規模第III相試験として、BeTa traialが知られています。636人の患者さんがタルセバ+アバスチン併用療法とタルセバ単独療法のいずれかに振り分けられましたが、それぞれの無増悪生存期間中央値は3.4ヶ月と1.7ヶ月、全生存期間中央値は9.3ヶ月と9.2ヶ月とのことで、無増悪生存期間は併用療法群が有意に良好だったけれど、主たる評価項目である全生存期間ではアバスチンの上乗せ効果は認められなかったとのことでした。併用療法の意義はないと結論されることになりますが、本試験の参加者で、EGFR遺伝子変異の状態が判明していた患者さんは355人(55.8%)、そのうちEGFR遺伝子変異陽性患者さんは30人(355人中の8.5%)しか含まれていません。数が少なくて参考程度にしかなりませんが、EGFR遺伝子変異陽性患者さんだけで解析すると全生存期間は併用療法群では中央値は未知数(95%信頼区間は22.6ヶ月以上)、タルセバ単独療法群では中央値は20.2ヶ月(95%信頼区間は16.4ヶ月から31.1ヶ月)であり、そのハザード比は0.44(0.11-1.67)でした。論文投稿時点において、すなわち主たる評価項目について十分な結論が出ている段階で、生存期間中央値が計測できない、すなわち少なくとも半数以上のEGFR遺伝子変異陽性の併用療法群の患者さんはこの時点で生存していた、というのはとても希望が持てる事実だと感じます。

Efficacy of bevacizumab plus erlotinib versus erlotinib alone in advanced non-small-cell lung cancer after failure of standard first-line chemotherapy (BeTa): a double-blind, placebo-controlled, phase 3 trial.

Herbst RS, Ansari R, Bustin F, Flynn P, Hart L, Otterson GA, Vlahovic G, Soh CH, O'Connor P, Hainsworth J.

Lancet. 2011 May 28;377(9780):1846-54

 本来は、「胸水/腹水貯留を伴うEGFR遺伝子変異陽性の非小細胞・非扁平上皮肺癌患者を対象としたタルセバ+アバスチン併用療法の臨床試験」を組んで、改めて検証するべきなのでしょうが、私の患者さんは間違いなく適格基準・除外基準を満たせずに参加できないでしょう。そういった際に、いま手元にあるデータを活用して患者さんに最善の治療を提供するのも、地域で実地臨床に携わる医師の責務ではないでしょうか。

 

 タルセバを再開して今週末で2週間。

 タルセバ単独で腹水コントロールがつけばそれでよし、つかなければ、患者さん・ご家族と十分に議論して、タルセバ+アバスチン併用療法まで踏み込んでいくかどうか、じっくり考えます。