全脳照射はなくてもいい?

 2016年9月5日、下記の報告が欧州呼吸器学会の年次集会で発表され、同時にLancet誌に掲載された。

 非小細胞肺癌に合併した脳転移に対する全脳照射は広く普及しているものの、エビデンスは乏しい。全脳照射に関するランダム化比較試験は、1971年に論文化されたECOGの小さな(参加患者数48人)臨床試験1報しかない。それすら、生存期間延長効果が乏しかったため、著者らは全脳照射は標準治療たりえないと結論している。

 今回の報告は、全脳照射は必要ないのではないか、という逆説的な見地から行われた臨床試験に関するものである。

Dexamethasone and supportive care with or without whole brain radiotherapy in treating patients with non-small cell lung cancer with brain metastases unsuitable for resection or stereotactic radiotherapy (QUARTZ): results from a phase 3, non-inferiority, randomised trial.

Mulvenna et al

Lancet. 2016 Sep 2. pii: S0140-6736(16)30825-X. doi: 10.1016/S0140-6736(16)30825-X. [Epub ahead of print]

http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(16)30825-X/abstract

背景:

 デキサメサゾン併用全脳照射は、QoLや生命予後の改善効果を示したランダム化比較試験がないにもかかわらず、脳転移を有する非小細胞肺癌患者の治療に広く用いられている。全能照射を行ったとしても、こうした患者の予後は不良である。今回われわれは、QoLや生命予後の悪化を伴わずに、全脳照射を省略できるかどうかを検証した。

方法:

 The Quality of Life after Treatment for Brain Metastases(QUARTZ)試験は、英国の69施設、豪州の3施設が参加したランダム化第III相非劣勢試験である。外科治療や定位脳照射の適応がない脳転移を有する非小細胞肺癌患者を、デキサメサゾン投与を含む支持療法単独群と、支持療法に加え全脳照射(計20Gyを5日間で分割照射)を行う群に1:1に割付けた。デキサメサゾンの投与量は、患者の症状にあわせて調整し、症状の改善とともに減量した。各治療群への割付は、治療施設、Karnofsky performance status, 性別、脳転移の状態、原発巣の状態を割付調整因子として、ロンドン大学内のthe Medical Reseach Council Clinical Allocationが事務局となり、各施設からの電話連絡を受けて最小化法によって行った。主要評価項目はquality-adjusted life-years(QALYs、QoLで調整した生存年)とした。QALYsは全生存期間と、週ごとに聴取した各患者のEQ-5D質問表の回答内容から測定した。支持療法単独群において、全脳照射併用群に対して7QALY日以上の差がついていなければ非劣勢であると仮定して、必要症例数は534人と見積もった(80%の検出力、片側5%検定)。解析は割り付けられた全患者を対象に、intention-to-treatで行った。

結果:

 2007年3月2日から2014年8月29日までに、538人の患者が参加し、支持療法単独群に269人、全脳照射併用群に239人が割り付けられた。患者背景に偏りはなく、患者の年齢中央値は66歳(範囲は38歳から85歳)だった。両群間で重篤な有害事象に差は見られなかったが、全脳照射を受けた患者では、治療中に傾眠、脱毛、嘔気、皮膚乾燥、皮膚掻痒の有害事象を認めた。全生存期間(ハザード比1.06, 95%信頼区間は0.90-1.26)、QoL、デキサメサゾン使用量に両群間の差は認めなかった。平均QALYの差は4.7QALY日(支持療法群で41.7QALY日、全脳照射併用群で46.4QALY日)で、両側検定における90%信頼区間は-12.7から3.3QALY日だった。

結論:

 本試験は支持療法群の非劣勢を証明し、QALYの差がわずかだったことや、生存期間とQoLにおいて両群間の差が認められなかったことから、全脳照射による治療効果はほとんど期待できないと結論した。

・60歳以下の患者においては、全脳照射による生存期間延長効果が認められた。生存期間中央値は、支持療法群で7.6週間(95%信頼区間は4.6-10.1週間)、全脳走者併用群で10.4週間(95%信頼区間は6.3-13.4週間)、ハザード比は1.48(95%信頼区間は1.01-2.16)だった。一方で、70歳以上の患者では、ハザード比は0.75(95%信頼区間は0.56-1.00)と支持療法単独群のほうが優れていた。

・脳転移巣が5ヶ所以上ある患者では、ハザード比は1.37(95%信頼区間は1.01-1.86)と全脳照射群で生存期間の延長を認めた。

原発巣がよくコントロールされ、Karnofsly performance statusが70以上と良好だった患者でも、全脳照射により生存期間が延長する傾向があった。

・解析時点で、538人の参加者のうち536人が死亡しており、手術や定位照射でコントロール不能な脳転移を有する患者の生命予後の悪さが再認識された。全生存期間中央値は、支持療法単独群で8.5週間、全脳照射併用群で9.2週間だった。