人種差なのか、人種差別なのか

 病気の発症率や治療成功率には性差や人種差、そして国家間差や地域差がある。

 病気そのものの性質にもよるだろうし、国家間、地域間の医療インフラの水準にもよるだろう。

 たとえば、原発性肺腺癌におけるEGFR遺伝子変異陽性割合は、日本ではおしなべて30-40%、欧米では10-20%が相場である。

 この患者群に対するEGFR阻害薬の有効性は論を俟たないが、そのまま各国間の生存期間の差に反映されそうなのは自明である。

 治癒不能の肺がんに限って言うならば、治療効果も有害事象も日本人では高く出やすい。

 外科手術についても然り。

 おそらく、我が国の肺がん呼吸器外科手術の技術水準は、世界最高である。

 病期I期の非小細胞肺がんに対する術後5年生存割合は、我が国では85-90%の水準にあり、他国の追随を許さない。

 胸腔鏡や、近年ではDa Vinciのようなロボットをも駆使した繊細な手術手技と、成毛マップに源流を発する論理的・系統的なリンパ節処理が国内津々浦々にまで浸透していることがその理由だろう。

 

 放射線治療についてもまた然りである。

 今回のASTRO 2016でしばしば登場する体幹部定位放射線照射は、既に米国でも手術に比肩する根治的治療法として位置づけられている。

 

 前置きが長くなってしまったが、今回の話題は、米国における早期肺がん治療成績の人種差を扱ったものである。

 「早期肺がんの治療成績について、人種間の差が狭まってきた」

という内容の話だが、差が狭まったことを喜ぶべきなのか、過去の差が大きすぎたことに戦慄すべきなのか。

 はたまた、以下の文中にあるように、適切な治療にアクセスできない原因は、患者側の人種的・宗教的な慣習による側面もあるのか。

 米国という国に根強く残っていそうな(しばしば報道される警察官の発砲事件やその後の対応を見る限り、今でも確実にあるのだろう)人種差別という問題を改めて考えさせる内容である。

ASTRO 2016: Intervention Closes Racial Gap and Improves Treatment Rates for Early-Stage Lung Cancer

By The ASCO Post

Posted: 9/30/2016 10:56:33 AM

Last Updated: 9/30/2016 10:56:33 AM

 早期肺癌患者に対する関わり方の改善によって、治療導入率・治療完遂率の人種間差が少なくなってきていることが報告された。本研究は、米国国立がん研究所が主導する、治癒を目的とした治療をそれを必要とする全ての患者に提供するための取り組みの一部である。

 肺癌患者の早期発見技術と治療法の進歩により、多くの患者にとって早期肺がんはいまや少ない副作用で治癒可能な病気になっている。その一方で、同様の病態であっても社会的弱者においてはそうではない。早期肺がんであっても、アフリカ系アメリカ人の完全治癒率は白色人種のそれよりも低く、アフリカ系アメリカ人の高い死亡率に反映されていると、多くの先行研究が示している。

 米国国立がん研究所が資金提供したACCURE研究は、人種間の治療成績差を出来るだけ小さくして、早期肺がんや乳がんの患者、ことにアフリカ系アメリカ人の患者が治療の恩恵を受けやすくなるようにしよう、という理念の下に計画された。ACCURE研究は、多層的な患者サポート(患者の定期フォローアップが漏れていないかをいつもチェックしてくれる電子カルテシステム、診療忌避につながるそれぞれの人種特有の問題について講習を受けた看護スタッフのサポート、診療チームに対する人種特異的な治療フィードバックのプレゼン、地域医療に関連した参加型研究のエビデンスをスタッフが発信するための四半期に一度の講習会)により構成されている

 本研究は、2013年から2015年にかけて他の無作為化前向き臨床試験に参加した、I期ないしII期の肺癌患者100人を対象にした。そのうちの25%は黒色人種であり、一方で同じ地域の黒色人種の割合は13%だった。主要評価項目は、治癒を目的とした治療である体幹部定位放射線照射もしくは外科手術を受けた患者の割合とした。ACCURE研究に参加したがんセンターを対象として、2007年から2011年に実地診療を受けた同様の患者(2044人)のデータをベースラインデータとして、2014年から2015年に実地診療を受けた同様の患者(393人)のデータを対象群データとした。合併症や病期、年齢を変数として、多変数解析を行った。

 外科手術もしくは体幹部定位照射を受ける患者の割合は増加していた。今回治療を受けた患者のうち96%が外科切除もしくは体幹部定位照射を受けていた。ベースラインデータでは64%から76%、対象群データでは85%から87%だった。

 ACCURE研究においては、人種間の差も排除されていた。アフリカ系アメリカ人も白色人種も、手術もしくは体幹部定位照射を受けた患者の割合は等しく96%だった。ベースラインデータでは、人種間のギャップは12%にも上っていた(アフリカ系アメリカ人で64%、白色人種で76%)。

 ベースラインデータと比較して、ACCURE研究参加者のデータのみならず対象群データも改善していた。ACCURE研究に参加したがんセンター職員は、当然のことながら本研究に参加していないほかの患者にも接するわけで、おそらくがんセンター全体で人種差に配慮したケアが浸透したことによる「スピルオーバー効果(漏出効果,拡散効果という。元来,公共経済学の分野での用語であり,公共サービスの便益が,給付を行なった公共体の行政区域を超えて拡散し,費用負担をしていない周辺の公共体もその便益を享受する現象であり,ある種の外部経済効果である。)」によるものだろうと考えられている。

 年齢と病期は、治療実施率に有意に影響していたが、合併症の状態は手術実施率のみに影響していた。70歳未満の患者は体幹部定位照射もしくは手術を受ける傾向が高く(オッズ比は1.9, p<0.05)、同様の傾向が早期の患者でも見られた(オッズ比3.0, p<0.05)。合併症スコアが高い患者は手術を受けない傾向が高く(オッズ比0.66、p<0.05)、一方で体幹部定位照射ではそういった傾向は見られなかった。

 「ヘルスケア提供における人種間差(≒人種差別?)には長い歴史がある。ここ10年で、人種間における健康問題の相違が定義され、研究され、受け入れられるようになったが、この格差は多くの患者にとって有害である。」

 「今回の戦略的な取り組みが治療における人種間差を本質的に解消し、一方では全ての人種における治療完遂率を向上させることにもつながった」

 「大衆(公衆?)衛生の時代に向かっているわれわれにとって、不十分ながん治療の責任は個別の患者単位の問題から、ヘルスケア供給体制の問題へとシフトしている」

 「ACCURE研究は、がん治療における人種間差を排除する取り組みを前向きに検討した先駆的な取り組みである。こうした取り組みにより治療の不平等性は是正され、それも早期肺がんのアフリカ系アメリカ人にとってのみならず、十分な治療を受けられていなかった人々や他のがん種にとっても有効だろう」

と発表者はコメントしている。