最近よく話題として取り上げる再生検のみならず、そもそも気管支鏡手技自体、以前よりはるかに多くの手間をかけるようになった。
私が研修医だった世紀末の頃は、高解像度CTの黎明期で、肺がん診断のための気管支鏡前準備にはレントゲン断層撮影を用いていた。
今ではすっかり行われなくなったが、断層撮影というのは、
「体の中心部から左へ1cmの位置」
「背中から5cmの位置」
など、特定の部分に焦点を置いて胸部レントゲン写真を撮影する方法である。
通常のレントゲンは、撮影される範囲にあるもの全ての合成像が1枚の写真に納まっているわけだが、断層写真ではより「薄い」範囲が写真に納まっている。
その分だけ、通常のレントゲンよりは気管支の断面が鮮明に記録される。
各位置で撮影した数十枚に及ぶレントゲンを並べて、目指す病変に向かう気管支を追いかけていくわけである。
「じっくりと時間をかけて断層写真とにらめっこして、気管支鏡を進める気管支の枝分かれを見極めろ」
「ここで手を抜けば、その分気管支鏡検査中に患者さんにきつい思いをさせることになるぞ」
と方言のきつい上級指導医に発破をかけられながら枝読みをしていた。
そして、時は流れる。
もはや、通常の実地臨床でレントゲン断層撮影をすることはなくなった。
レントゲンはフィルムに撮影されなくなり、1cm単位のレントゲン断層撮影は1mm単位の高解像度CT撮影に完全にとってかわられた。
今日の高解像度CTの品質に接して、それでもレントゲン断層撮影にこだわるのは、もはやノスタルジー以外の何者でもないだろう。
レントゲン断層撮影は縦断像、高解像度CT撮影は基本的に横断像という違いはあるが、これらにうつる気管支の断面を思い描きながら、気管支鏡検査のときにたどるべき道筋をシュミレーションする、という手順だけは、今も昔も変わらない。
ところが、もはやこうした枝読みも、ワークステーションが代行してくれるようになって久しい。
気管支鏡ナビゲーションシステムが枝読みを肩代わりして、目指す病変までの道筋を指し示してくれる。
しかし、気管支鏡ナビゲーションシステムは、高解像度CT画像をもとに再構成するものなので、元のCT画像の質が悪いとお手上げである。
そして、元データが良くても、かならずしもナビゲーションがうまく出来るとは限らない。
ときには自分で枝読みをしたほうがうまく行くこともある。
また、たどるべき道筋に正確に気管支鏡を進める手技が大切なことは言うまでもない。
気管支鏡検査を行うとき、診断率向上のために私は最大限の前準備を要求している。
?高解像度CT撮影(+気管支枝読み)+?気管支鏡ナビゲーション+?超音波気管支鏡プローブ併用+?ガイドシース併用+?経気管支肺腫瘍生検+?検査中の迅速細胞診(ROSE)
という組み合わせが一般的である。
?、?、?、?は私が研修医の頃には行われていなかった手順であり、はっきりいってかなりの手間隙をかけている。
生検で採取する検体の量も、病理診断、遺伝子変異診断に供するために多くとらなければならなくなっており、今後PD-L1評価や網羅的遺伝子変異検索、あるいはその他のバイオマーカー検索が必要になると、さらに多くが要求されるようになるだろう。
それでは、手間をかけただけ診療報酬上報われるようになったかというと、決してそうではない。
CT撮影時に細かく枝読みをしても診療報酬は0円である。
数百万円のワークステーションを購入して、時間をかけて?気管支鏡ナビゲーションをしても診療報酬は0円である。
?初期投資に1000万円を投入し、30-50回の検査ごとにぶっこわれる1本数十万円の超音波プローブを使って、?1キット14,500円程度のガイドシースキットを使って検査をしても、診療報酬は5,000円であり、検査をすればするほど病院は赤字になる。
?検査中の迅速細胞診は診断率の向上、ひいては気管支鏡検査のやり直しを回避する上、検査の質を担保する上ででとても大切な取り組みだと思うのだが、診療報酬は0円である。
要約すれば、気管支鏡検査の質の向上のために様々な取り組みをして、時間・手間・費用のどれをとっても負担が増えているにも関わらず、少なくとも診療報酬という点では医師個人も病院も全く報われていない。
親方日の丸の公的医療機関に勤めている頃には気付かなかったが、こんなの個人病院では絶対に普及しない。
やればやるほど自分たちの頚を絞めるからである。
今回取り上げる電磁ナビゲーション気管支鏡は、2015年末に我が国でも薬事承認され、診療報酬上の議論も一応は終わっているようである。
従来の気管支鏡ナビゲーションシステムに加え、実際の検査中に気管支鏡先進部の位置情報をリアルタイムに表示することにより、より診断制度を上げようというものである。
今年の日本呼吸器内視鏡学会年次総会において、電磁ナビゲーション気管支鏡システムがデモンストレーション展示されていた。
不謹慎な言い方かもしれないが、とても面白い品物だった。
デモンストレーションだからそう感じたのかもしれないが、完全に体感テレビゲームの感覚だった。
気管支という「迷宮」をさまよって、ナビゲーションという「妖精」の力を借りながら、肺がん病巣という「ボスキャラ」を探索する旅をするわけだ。
上記のリンクを見ると、
「従来、我が国における肺がんの気管支鏡診断率は30%程度とされている」
「米国では、もともと肺がんの気管支鏡診断率は14%程度だったが、本システムを使用することにより83%に向上した」
と記載されており、大変有用なシステムのように思えるかもしれない。
しかし、ちょっと待ってくれよ。
「当院で気管支鏡検査を行った場合、診断率は14-30%です」
なんて説明を、普通するか?
よりも遥かに信用できない。
そんな説明を受けたら、私なら検査を拒否するだろう。
前の職場に気管支鏡ナビゲーションシステムと超音波気管支鏡システムを導入した当時、その前後で肺がん診断率の違いを検討したが、気管支鏡ナビゲーションの導入により診断率は68%から73%へと5%程度向上した程度だった。
もともと70%程度の診断率があったわけで、今でもこの数字は、気管支鏡検査の説明と同意書の書式に明記されている。
それでも、83%まで診断率が向上するのなら、電磁ナビゲーション気管支鏡システムを導入するのは、高次医療機関の使命なのではないか、という人もあるだろう。
それでは、この10%の診断率向上のために、どの程度の追加コストがかかるのか。
上記のリンクを見ると、システム導入のための初期投資費用は2,500万円、使い捨ての生検器具は1セット23万円である。
そして、これを使用した際の診療報酬は、
「特定医療保険材料ではなく、新規技術料で評価する」
と記載されている。
なんだそりゃ。
使い捨てガイドシース約14,500円に対して、5,000円しかまかなわれない現状では、あまり多くを期待できない。
多分、使い捨て生検器具の費用だけでも、毎年数千万円単位の赤字を垂れ流すことになるだろう。
私が院長だったなら、病院の財務基盤を守るために、電磁ナビゲーション気管支鏡システムの導入は断固として拒否する。
その前に枝読みの技術と気管支鏡の腕を磨けと喝破するだろう。
そんなわけで、もっと安価にならない限り、私自身は電磁ナビゲーション気管支鏡システムを使う気がしない。
その一方で、欧米では電磁ナビゲーション気管支鏡システムの有効性と安全性を評価する臨床試験が進められている。
今回のCHEST2016年次総会で、このNAVIGATE試験の中間解析に関する報告があったようだ。
診断率88.5%というのは魅力的で、誰かが初期投資費用を肩代わりしてくれて、患者が使い捨て生検器具費用を負担してくれるなら是非導入したい。
First Glimpse of NAVIGATE Bronchoscopy Results Is Promising
Kate Johnson
November 07, 2016
NAVIGATE試験開始後1ヶ月時点での中間解析について、2016年CHEST年次総会で報告された。
欧州および北米の計37施設から、1,289人の患者が本試験に参加した。
今回の1ヶ月間の追跡調査においては、最初に登録された500人のうち455人(91%)が対象となった。
500件の手技のうち、497件は肺病変の生検目的、91件はマーカー留置目的(定位照射における金マーカー留置などか)、9件は術前の点墨目的だった。全体の33%では、複数回の手技が必要だった。
驚くべきことに、全体の86.2%が全身麻酔下で検査を受けていた。61.0%で超音波気管支鏡プローブが併用され、92.6%でレントゲン透視検査が併用されていた。
安全性に関する主要評価項目であるGrade2以上の気胸は2.2%だった。全グレードの気胸は4.4%だった。
Grade2以上の気道出血は1.0%、全グレードの気道出血は2.4%だった。
Grade4以上の呼吸不全の合併率は0.4%だった。
検査手技関連死が1件あった。検査後9日目で低酸素血症により死に至ったが、検査手技のためというよりは全身麻酔に伴う合併症のように見受けられた。また、背景疾患を多数抱えていた患者で、肝硬変、肝細胞がん、小細胞肺がん、卵巣癌を合併していた。
565病変に対して検査が行われ、90.8%でナビゲーションが成功し、適切な検体が得られた。45.2%で悪性病変の診断がつき、43.3%で非悪性病変の診断がつき、11.5%では診断がつかなかった。すなわち、88.5%でなんらかの診断がついた。
原発性肺がんの診断がついた199人のうち、70%はstage IもしくはIIだった。