進行非小細胞肺癌と局所制御

 がんによっては、例え初診時に進行期であっても、標準治療として病巣を外科的に切除することがある。

 精巣腫瘍、卵巣腫瘍、腎細胞癌といったところが代表的だろう。

 volume reduction surgeryと言われることもあるが、まず腫瘍量を減らして、それから薬物療法を行う方がよいとされている。

 一方で、非小細胞肺癌の領域では標準治療とはされていない。

 「切除してみないと原発巣か転移巣か判断できないから」同時多発している肺腫瘍をそれぞれ切除するとか、「QoLを損なっているから」肝転移や膀胱転移、消化管転移、皮下転移等々を部分切除する、といった個別対応の外科治療をすることはあるが、標準治療と位置づけられているわけではない。

 

 薬物療法の分野に技術革新があるように、外科手術や放射線治療の領域にも技術革新がある。

 私が研修医だった頃は、胸腔鏡はおろか、腹腔鏡手術ですら決して一般的ではなかった。

 約15年前、消化器内科の初期研修医として赴任した病院では、腹腔鏡手術のエキスパートとして鳴り物入りで赴任されたA先生が胃癌の手術をされていた。

 以前の職場でお世話になったK先生は、全国的にも名の知られた完全胸腔鏡手術の名手だったそうである。

 K先生が退任され、流石に完全胸腔鏡手術を目にする機会はなくなったようだが、傷を小さく、それでいてできるだけ安全に、ということで胸腔鏡併用小開胸手術を行う施設が多いようである。

 放射線治療の選択肢は、10年前に比べると格段に広がった。

 胸郭内病変に対しては、通常の前後対向二門照射のほかに、体幹部定位照射、動体追尾体幹部定位照射、動体追尾サイバーナイフ重粒子線治療と様々な選択肢がある。

 また、脳病変、脊椎病変等にもガンマナイフ、サイバーナイフなどの手段がある。

 こうした新世代の定位照射は治療効果、毒性軽減、反復可能、低侵襲と様々な利点を兼ね備えている。

 これら技術革新のおかげで、昔より少ない侵襲で局所治療が出来るようになった。

 そして、外科的に病変を切除することにより、新たな薬物療法の選択肢が開けるようにもなってきた。

 腫瘍細胞の薬物耐性化に対し、その耐性化メカニズムを調べて新しい治療につなげる、という目的で、転移巣を外科切除するような報告も、もはや全く珍しくなくなった。

 今回の報告は、診断時に進行非小細胞肺がんと診断されたものの、遠隔転移巣が3つ以下の患者を対象に、薬物療法に引き続いて放射線治療や外科手術により転移巣を制御したら恩恵が得られるのか、ということを検証した第II相試験である。

 「初回治療後の病勢進行は、既知の病巣の進行によるものがほとんど」という前提のもとに、「既知の転移巣に対して放射線治療や外科切除を行う群=活動性の転移巣が残っていない群」と「行わない群=活動性の転移巣が残っている群」を「明らかな病勢進行が確認されるか、あるいは患者が死亡するか、どちらかが起こるまでの期間」という尺度で比べるのは、普通に考えれば前者が優れるのは当たり前である。

 しかし、こういった「当たり前だよね」ということが、しばしば当たり前でない、あるいは当たり前と思われていたことが覆るのが医療の業界である。

 したがって、「当たり前だよね」ということをきちんと調べて、「やっぱり当たり前の結果になったね」となって、初めて次の段階に進むことができる。

 そして今回の試験では、「どう考えても当たり前の結果になりそうだから、もう途中でやめたほうがいいよ」と部外者からアドバイスされて早期有効中止に至ったようだ。

 「進行非小細胞肺がん患者の初回標準治療に、転移巣の局所制御を加える」というのは実現すれば大きなパラダイムシフトであり、これを検証する端緒となった今回の臨床試験には、大きな意義があると思う。

 残念ながら、我が国ではなかなか成り立ちにくいコンセプトの臨床試験である。

 局所制御治療の成績は、世界に冠たる我が国である。

 今回の臨床試験の結果を踏まえて、我が国でも同様の大規模臨床試験が計画されることを願って止まない。

 

Local consolidative therapy versus maintenance therapy or observation for patients with oligometastatic non-small-cell lung cancer without progression after first-line systemic therapy: a multicentre, randomised, controlled, phase 2 study

Gomez et al.

Lancet Oncol Published: 24 October 2016

背景:

 これまでのレトロスペクティブな研究からは、進行非小細胞肺癌の初回治療後の病勢進行は、既知の病巣の進行によるものがほとんどとされている。しかし、転移巣の少ない非小細胞肺癌患者に対する積極的な局所制御療法がどの程度の効果があるのかははっきりしていない。今回我々は、こうした積極的な局所制御療法が無増悪生存期間を延長するかどうかを調べた。

方法:

 今回の多施設共同無作為化第2相試験において、3つの病院(米国2施設、カナダ1施設)から患者を集積した。組織学的にIV期の非小細胞肺癌と診断されていること、初回治療後に3つ以下の転移巣しか認められないこと、ECOG-PSが2以下であること、標準的な初回治療を既に受けていること、初回治療から無作為化に至る間に病勢進行を認めていないことを適格基準とした。初回治療はプラチナ併用化学療法4コース以上、もしくはsEGFRm陽性/sALKr陽性患者においてはそれぞれに対応した分子標的薬を3ヶ月以上行っていることと定義した。局所制御療法群(全ての転移巣に対し(化学)放射線療法もしくは外科的切除を行う群)と維持療法単独群に1:1の比率で無作為割付をした。それぞれの群で、維持療法は行っても行わなくてもよいこととした。維持療法は承認されたレジメンリストの中から選んで行うことを推奨した。無作為化は行うものの盲見化は行わず、5つの割付調整因子(転移巣の個数、初回治療に対する反応性、中枢神経系への転移の有無、胸郭内リンパ節転移状況、sEGFRm/sALKrの有無)に基づいて動的割付を行った。主要評価項目は無増悪生存期間とした。本研究は現在も継続中だが、参加者の追加募集は行っていない。

結果:

 2012年11月28日から2016年1月19日にかけて、74人の患者が初回治療継続中もしくは終了後に本試験に組み入れられた。本試験は49人を無作為割付した段階(25人が局所制御療法群、24人が維持療法単独群に割り付けられた)で、MDアンダーソンがんセンターの効果安全性評価委員会による年次監査での判断により、事前に設定されていた44イベント発生後の中間解析を待たずに早期中止となった。無作為割付された全ての患者を対象とした観察期間中央値は12.39ヶ月(四分位範囲は5.52-20.30ヶ月)、無増悪生存期間中央値は局所制御療法群で11.9ヶ月(90%信頼区間は5.7ヶ月-20.9ヶ月)、維持療法単独群で3.9ヶ月(90%信頼区間は2.3ヶ月-6.6ヶ月)で、ハザード比は0.35(90%信頼区間は0.18-0.66, p=0.0054)だった。有害事象は両群間で同様だったが、治療に関連したGrade4の毒性や死亡はなかった。Grade3の有害事象は維持療法単独群で倦怠感(1人)、貧血(1人)で、局所制御療法群で食道炎(2人)、貧血(1人)、気胸(1人)、腹痛(1人)だった。

結論:

 今回の治療対象患者に対する局所制御療法は無増悪生存期間を改善した。第III相臨床試験で検証すべきである。