免疫チェックポイント阻害薬の投与、いつやめるべきか

 先だって悪性黒色腫の症例が間質性肺炎を発症したという日記を書いたが、肺がん患者でも間質性肺炎を発症したという話は聞くし(残念ながら詳しい検査は行われずにステロイドが投与されたようだが)、そのほかにもブドウ膜炎、腸炎、胆管炎、甲状腺機能障害など、学会で報告されていたような有害事象が身近な場所でも起こっている。

 胆管炎の患者はかなり顕著な異常検査値を示していたが、内視鏡的胆管ドレナージをしても強力な抗菌薬治療をしても全く効果がなさそうだったのが、何気なく消化器内科医が処方したウルソデオキシコール酸により改善傾向に向かい始めたのが印象的だった。

 身の回りでNivolumabを使用した人は7人いるが、そのうち2人は現在も治療継続中である。

 残念ながら、明らかに腫瘍が縮小した人はいまのところいないが、明らかな病勢進行に至らずに、健康状態もあまり変わらずに長期継続できている人もいる。

 既に20コース目を迎えようという人もいるが、果たしていつまで治療を続けることになるのだろうか。

 最近見かけたネット上の記事に以下のようなものがあったので、参考までに訳してみた。

 「非小細胞肺がんではpseudo-progressionがあまり見られない」

というのは最近国内のあちこちで耳にするが、海外でも同じように捉えられているようである。

 したがって、この領域では、従来の化学療法と同様に効果判定をしても当面はかまわないだろう。

 明らかな病勢進行が認められたら治療を変更するべきである。

 百歩譲って、治療初期に病勢進行を認めてもあえて継続した場合、12週間(6コース)投与後の段階でも病勢進行の判定に留まっているならば、直ちに次治療に移行すべきである。

 効果のあるなしに関わらず、患者の状態が悪化していたらそれだけで治療変更を考えるべきなのは、いまさら言うまでもない。

 「過ぎたるは及ばざるが如し」、非小細胞肺がんの免疫チェックポイント阻害薬、いつ投与をやめるべきか

H. Jack West, MD, October 24, 2016

 他の多くのがん種と同様に、進行非小細胞肺がん患者に対するPD-1もしくはPD-L1を標的とした免疫チェックポイント阻害薬の劇的な、そして長期にわたり持続する効果に、担当医も患者もすっかり魅了されてしまう。治療反応が後れて出てくる可能性もあるため、効果判定のための画像診断をした際に一過性に病勢が悪化しているように見えることもある。「pseudo-progression」として知られている現象だが、これは免疫細胞が腫瘍に浸潤するために腫瘍の大きさが不変もしくは増大し、続いて免疫細胞が腫瘍細胞を攻撃していくつかの病巣では根こそぎにするため、遅れて腫瘍が縮小する現象である。

 非小細胞肺がんに対する免疫チェックポイント阻害薬の臨床試験では、はっきりした病勢進行の所見がなければ、あるいは治療を中止せざるを得ない毒性の出現がなければ、ほぼ例外なく治療を継続するような設定になっていた。nivolumabやpembrolizumabが既に二次治療として承認され、その他の薬剤も含めて一次治療への導入開発が進められている現状では、これら免疫チェックポイント阻害薬の適切な継続期間や、長く投与を続けすぎるとどのような毒性が出現しうるのか、注意深く考えなければならない。

 免疫チェックポイント阻害薬はなぜ長期にわたって続けなければならないのか。

 これについては2つのシナリオが想定される。

 ひとつめのシナリオは、ありがちな話だが、効果判定の結果病勢が悪化していた場合にpseudo-progressionと判断され、もう数ヶ月治療を継続すれば腫瘍が縮小に転じるはずだとの現実味のない希望にかけて、無効な免疫チェックポイント阻害薬が継続されるパターンである。果たして、どうやってpseudo-progressionと本当の病勢進行を見分けるべきなのか?効果判定の結果、効果がはっきりしない、あるいは若干増悪していると言ったとき、患者の症状が改善している、あるいは少なくとも安定している場合には、疑いの目を持ちながらも治療を継続するのが適切だろうが、効果判定の結果が悪化しつつあり、患者の疼痛、体重減少、呼吸関連の症状も悪化している場合に、楽観的に治療を継続するのは問題だろう。実際、さまざまながん種で確認されているpseudo-progressionは、非小細胞肺がん領域では極めて稀な現象であることが経験的にわかってきている。

 患者が無効な治療を続けている場合、代わりになる他の治療を受ける機会を失っていることにもなる。古典的な化学療法は自動車業界で言うところの「昨年のモデル」といったところで、免疫チェックポイント阻害薬のような派手さはないが、免疫チェックポイント阻害薬では得られない生存期間延長効果を多くの患者に供することが出来る。病勢が進行しつつあるにも関わらず無効な免疫チェックポイント阻害薬を続けている不幸な患者にとって、さらなる継続は効果的な化学療法を適切な時期に始める機会を失い、あるいは体力の低下により化学療法をやりたくてもやれない状況に陥ることにつながるだろう。

 TORCH試験のことを思い出してみよう。本試験は、遺伝子変異のあるなしに関わらず欧州とカナダから患者を集め(圧倒的にEGFR遺伝子変異のない患者が多かったと思われる)、初回治療でシスプラチン・ジェムシタビン併用療法を行い、その後にerlotinibを継続投与する群と、初回治療でerlotinibを投与し、その後にシスプラチン・ジェムシタビン併用療法を行う群に割り付けた試験である。本試験は、初回治療でerlotinibを投与された群が有意に無増悪生存期間・全生存期間で劣ることが判明し、無効中止となった。今では、EGFR遺伝子変異のない患者に対して一次治療でErlotinibが有効だと考える者はいない。こうした苦い経験を踏まえ、免疫チェックポイント阻害薬の恩恵が期待できなさそうな患者に対して化学療法による治療機会を失わないように注意しなければならない。

 ふたつめのシナリオは、免疫チェックポイント阻害薬によりはっきりと効果が得られている患者に対し、果たしてどこまで治療を続けなければならないか、という状況である。2-3週間ごとに治療を続けていても効果がはっきりしなくなった場合、それが免疫系のメモリー細胞の働きで治療効果が長期的に維持されているとしたならば、延々と治療を続けることにどれだけの意味があるのだろうか。はっきりした評価基準もないままに治療を継続することで、累積毒性のリスク、延々と治療に通い続ける患者の不便益、そして月々に留まらず場合によっては年余にわたる治療の莫大なコストを抱え込んでしまうことにならないか。不幸にも、われわれはこうした疑問を解決するすべを持たない。なぜなら、これまでの臨床試験は、病勢進行に至るまでは治療を継続するという前提に立って勧められてきたからである。しかし最近では、免疫チェックポイント阻害薬を使用しながらも毒性や患者希望により治療を中止したケースからデータを集め、有益な情報が得られるようになった。悪性黒色腫においては、治療を中止しても治療効果が持続することが示唆されるような少数例の報告がある。しかし、こうした後方視的な報告だけでは結論が得られない。様々ながん種を対象に、事前に設定したコース数で治療を終えるか、病勢進行に至るまで治療を続けるかの比較試験が行われており、結論が待たれる。こうした臨床試験は最適な治療継続期間はどの程度なのか、と言う疑問に直接答えてくれるが、実務上はいくつかの問題がある。第一に、少なくとも非小細胞肺がんでは治療が反応して効果が持続する患者は少数派であり、治療開始から6ヶ月、もしくは12ヵ月後に治療を中止する群と継続する群に数百人を無作為割付するという試験デザインに立つならば、1000人以上の患者を集積しなければならない。第二に、既に実地臨床で免疫チェックポイント阻害薬を使用することが可能になっており、患者や担当医はプロトコールを遵守することも無視することもできるため、臨床試験そのものの遂行がうまく行くかどうか自体が危ぶまれる。プロトコール内容を無視して治療を途中でやめる患者や、一般保険診療でかまわないからプロトコールに反してでも治療を続けたいと言う患者が出てくるかもしれない。

 以上を踏まえると、現時点では各担当医師が注意深く患者の経過を追いながら、免疫チェックポイント阻害薬継続の利益・不利益を勘案しつつ最善の判断をするしかない。ここ数年のうちに実地臨床に役立つ新たな知見が得られることを期待しつつも、「過ぎたるは及ばざるが如し」と言う格言を念頭に置きながら診療しなければならない。効果判定の際にpseudo-progressionと誤って判断して治療を継続し、結果としてより効果的な治療オプションを選択する患者の機会を奪ってしまうことは絶対に避けなければならない。