あっぱれ、IUNO試験

 分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の話題が目白押しで、化学療法の話題にはすっかり地味な領域になってしまった。

 しかし、少なくとも初回治療においては、EGFR-TKIの対象となるのが腺癌の30%=非小細胞肺癌の15%、ALK-TKIの対象となるのが腺癌の5%=非小細胞肺癌の3%、Pembrolizumabの対象となるのが非小細胞肺癌の残り82%の患者のうち25%=非小細胞肺癌の20%とすると、残る62%の患者では依然として化学療法が初回標準治療である。

 他にもROS1、RET、METexon14skippingなどの遺伝子異常も分子標的薬の対象となるものがあるが、実数としては知れている。

 したがって、依然として進行非小細胞肺がん患者の主要な初回治療は化学療法であることは揺るぎない。

 ペメトレキセドやベバシツマブの維持療法は、すっかり標準治療として定着した。

 しかし、ペメトレキセド維持治療の有効性を検証したPARAMOUNT試験では、シスプラチン+ペメトレキセド併用化学療法で病勢進行が認められなかった、いわばペメトレキセドの有効性が実証された患者に絞り込んで、ペメトレキセド維持療法群とプラセボ群を比較し、さらにはプラセボ群が病勢進行に至った後もそのほとんどの患者が(有効性が期待できる)ペメトレキセドを使用できなかった、という、試験デザイン上も、倫理的にもやや問題のある、後味の悪い成り行きの中で、維持療法群の優越性が証明された。

 また、ベバシツマブ維持療法の有効性はECOG4599試験で検証されたが、これはそもそもカルボプラチン+パクリタキセル+ベバシツマブ併用療法群で病勢進行が認められなかった患者ではベバシツマブを維持療法として継続する、という治療がもともと規定されており、標準治療のカルボプラチン+パクリタキセル群に対する優越性を証明したが、そもそもベバシツマブの維持療法というコンセプト自体が必要なものなのか、という疑問には答えられない。

 ペメトレキセドにせよ、ベバシツマブにせよ、維持療法というコンセプト自体の有効性を証明するためには、それぞれの薬を維持治療として使う群、病勢進行後の二次治療として使う群の比較をする必要がある。

 ペメトレキセドならこうした試験デザインは成り立つだろうが、おそらくベバシツマブでは無理だろう。

 どちらも高額な薬であり、効果が同じならば維持治療として使うよりも病勢進行後の二次治療として使用した方がコスト低減に役立ちそうな気がする。

 企業治験としては成り立たないが、世間の趨勢を考えたときに、国家予算を使ってでも検証してよい内容のように思う。

 海外のe-ラーニングで勉強していると、最近はドライバー遺伝子変異もPD-L1発現もない非小細胞肺癌を、"pan-negative NSCLC"と呼んでいるようだ。

 エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2のいずれも陰性の乳腺腫瘍を"triple-negative breast cancer"と称するが、それを髣髴とさせる。

 その"pan-negative NSCLC"のe-ラーニングの中に、一旦はSATURN試験で有効性が証明された、EGFR遺伝子変異陰性非小細胞肺癌に対するエルロチニブ維持療法を再検証し、完膚なきまでに結果を覆したIUNO試験が取り上げられていた。

 switch-maintenance therapyなのでペメトレキセド維持療法、ベバシツマブ維持療法と同列に扱うことは出来ないが、このコンセプトの臨床試験がエルロチニブ販売元であるRoche社の資金援助の下に行われたことも、この結果を以って実地臨床でのエルロチニブ維持療法が否定されたことも、東欧や中国・タイを中心に本試験が遂行され、その結果が米国の実地臨床に活かされたことも、驚きである。

 

 あっぱれ、IUNO試験。

 手放しで賞賛したい。

 同じようなコンセプトで、ペメトレキセドやベバシツマブ、免疫チェックポイント阻害薬の維持療法の是非についても検証して欲しい。 

Maintenance erlotinib versus erlotinib at disease progression in patients with advanced non-small-cell lung cancer who have not progressed following platinum-based chemotherapy ( IUNO study )

Cicenas et al., Lung Cancer 102, 30-37, 2016

・エルロチニブはEGFR遺伝子変異陽性の局所進行・進行非小細胞肺癌に対する初回治療として、あるいは少なくとも1レジメンの化学療法後に病勢進行した局所進行・進行非小細胞肺癌の治療として認められている

EUでは、EGFR遺伝子変異陽性の局所進行・進行非小細胞肺癌の初回化学療法後に病勢が安定している患者に対する維持治療としてもエルロチニブの使用が認められている

・局所進行・進行非小細胞肺癌に対するエルロチニブの維持療法は、ランダム化多施設共同第III相比較試験であるSATURN試験の結果に基づいて承認されていた

 Cappuzzo et al., Lancet Oncol 11, 521-529, 2011

・SATURN試験では、EGFR遺伝子変異の有無を問わず、局所進行・進行非小細胞肺癌の患者を対象に、初回治療としてプラチナ併用化学療法を4コース行い、病勢進行や毒性による治療中止がなかった患者を対象にエルロチニブの維持療法を行った

・エルロチニブ維持療法群は、プラセボ群に対して無増悪生存期間を有意に延長した(ハザード比0.71、95%信頼区間0.62-0.82、p<0.0001)

・今回のIUNO試験は、ランダム化・二重盲検・多施設共同・プラセボコントロール・第III相比較試験として、薬事承認後委託研究の位置づけで企画された

・EGFR遺伝子変異のない局所進行・進行非小細胞肺癌患者で、初回治療としてプラチナ併用化学療法を4コース行い、治療中に病勢進行に至らなかった患者を対象として、病勢進行に至るまでにエルロチニブの維持療法を行う“early maintenance erlotinib therapy”群と、初回化学療法後は病勢進行に至るまで無治療経過観察し、病勢進行に至ってからエルロチニブの二次治療を行う”late second-line erlotinib therapy”群を比較し、前者の優越性を検証した

・対象者は18歳以上、PS 0-1、EGFR遺伝子変異陰性の局所進行・進行非小細胞肺癌患者で、4コースのプラチナ併用化学療法を完遂し、最終コース施行28日後までに病勢進行に至っていないものとした

・”early”群の生存期間中央値を12.5ヶ月、”late”群の生存期間中央値を9.6ヶ月、”early”群の予後改善効果を30%と見込み、検出力80%、有意水準5%の両側検定の前提で症例数設定を行った

・総患者数610人(各群305人)、最終解析に必要なイベント数を460と設定した

・主要評価項目は全生存期間、副次評価項目は無増悪生存期間、奏効割合、病勢コントロール割合とした

・2011年9月6日から2014年6月10日までに、1,629人の患者がスクリーニングを受けた

・643人の患者が無作為割付され、322人が”early”群に、321人が”late”群に割り付けられた

・スクリーニングの時点で除外された患者の除外理由としては、4コースの化学療法を完遂できなかった(29.7%)、化学療法中に死亡した(12.7%)、EGFR遺伝子変異陽性が判明した(13.0%)があがった

・”early”群のうち18人(5.6%)、”late”群のうち23人(7.2%)でEGFR遺伝子変異の状態が不明のままだった

・”early”群ではエルロチニブ維持療法後に病勢進行したのち、160人(50%)で二次治療を行った

・”late”群ではプラセボでの治療後に病勢進行した後、250人(78%)がエルロチニブによる二次治療を受けた

・”early”群のうち、三次治療以降も行ったのは84人(26.1%)だった

・”late”群のうち、三次治療以降も行ったのは85人(26.5%)だった

・”early”群、”late”群の生存期間中央値はそれぞれ9.7ヶ月、9.5ヶ月で、ハザード比は1.02、95%信頼区間は0.85-1.22、p=0.82で、有意差はなかった

・”early”群、”late”群の無増悪生存期間中央値はそれぞれ13.0週、12.0週で、ハザード比は0.94、95%信頼区間は0.80-1.11、p=0.48で、有意差はなかった

・全生存期間、無増悪生存期間ともに、サブグループ解析を行っても有意差はなかった

・IUNO試験では、”late”群≒プラセボ群の78%でエルロチニブが使用されている一方で、SATURN試験ではプラセボ群の21%しかエルロチニブを使用されていない

・IUNO試験では、”early”群の50%しか二次治療をしていない一方で、”late”群では78%が二次治療をしたが、前者では二次治療が実地臨床で医療費が患者負担になる一方、後者ではエルロチニブがスポンサー企業から無償で提供されたことが関係しているかもしれない