ペンブロリズマブとインフルエンザワクチン

 新型コロナウイルス感染症により全世界が混迷の度合いを増している中で、今シーズンの米国ではインフルエンザが猛威を振るっているとのこと。

 患者は2600万人以上、死者は1万4000人に上っているというから、大変だ。

 我が国でもきっとそうだと考えているが、普通の風邪や、検査陰性のインフルエンザと診断された患者の中に、相当数の新型コロナウイルス感染患者が紛れているのではないだろうか。 

 だからといって、それ以上の濃厚な診療を勧めるつもりはない。

 もはや、基本的な感染予防策(手洗い、うがいをして、不特定多数との濃厚接触(個人的な見解としては2m以内、30分以上)を避ける)を愚直に続けながら、季節性インフルエンザと同様の対応をするしかないだろう。

 

 今回取り上げるのは、ペンブロリズマブ使用中の患者にインフルエンザワクチンを接種したら、免疫系が賦活されて、免疫関連有害事象が増えてしまわないだろうか、というもの。 

 同様の話題は過去にも取り上げたことがある。

http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e920450.html

http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e920876.html

 過去の報告では、免疫チェックポイント阻害薬を使用している患者にインフルエンザワクチンを接種すると、免疫関連有害事象の頻度が高まると記載されていた。

 今回の報告では、むしろインフルエンザワクチンを併用した方が、免疫関連有害事象の頻度が低くなり、インフルエンザ発症者も少ない、とのこと。

 素直に受け取れば、じゃあこれからは免疫チェックポイント阻害薬を使用する患者には、積極的にインフルエンザワクチンを接種しよう、少なくとも免疫関連有害事象が増えることはなく、安心だ、ということになる。

 しかし。

 免疫関連有害事象が出たほうが、免疫チェックポイント阻害薬って、効きやすい傾向がなかったっけ。

 実際、今回の報告を注意深く読んでみると、観察期間中の患者死亡率は、ワクチン接種群24.3%に対して、非ワクチン接種群では14.1%と、ワクチン接種群の方が10%強高い。

 ワクチン接種をするべきか、せざるべきか、個人的にはまだ結論を出せない。

Safety of Influenza Vaccine i Patients With Cancer Receiving Pembrolizumab

Jarrett J Failing et al., JCO Oncol Pract 16, 2020

DOI: https://doi.org/10.1200/JOP.19.00495

背景:

 免疫チェックポイント阻害薬治療を受けているがん患者がインフルエンザワクチンを接種すると、免疫関連有害事象(irAE)が増えるのではないかとの懸念がある。

患者と方法:

 2014年09月から2017年08月の期間内、インフルエンザの流行期に少なくとも1コースのペンブロリズマブ投与を受けた患者を後方視的に集めて、診療録を用いて免疫関連有害事象の発生状況を調べた。主要評価項目は、irAEの発生割合とした。多変数ロジスティック回帰分析と、irAEの累積発生曲線解析を用いて分析した。

結果:

 今回の検討では162人の患者を解析対象とした。このうち70人(43.2%)は少なくとも1回のインフルエンザワクチン接種を受けていた(ワクチン接種群70人、非ワクチン接種群92人)。ワクチン接種群では、有意に高齢者が多く(p=0.002)、ペンブロリズマブの投与コース数が多かった(p=0.006)。単変数解析において、全グレードのirAEの発生割合はワクチン接種群の方が少ない傾向にあった(25.7% vs 40.2%、p=0.07)。多変数解析において、インフルエンザワクチン接種はirAE発生割合低下と有意に相関していた(オッズ比 0.4、95%信頼区間 0.2-0.9、p=0.03)。経過観察中の患者死亡の影響を調整しても、ワクチン接種群では有意にirAE発生割合が低かった(経過観察期間12ヶ月の時点での発生割合は24.7% vs 34.4%,p=0.05)。irAE無発生生存期間中央値は、ワクチン接種群が有意に長かった(未到達 vs 28ヶ月、p=0.037)。

結論:

 免疫チェックポイント阻害薬の投与を受けているがん患者に対するインフルエンザワクチン接種は、irAE発生割合増加と関連していなかった。

本文から:

・今回対象となった162人のうち、91人(56.2%)は悪性黒色腫、22人(13.6%)は非小細胞肺がんだった

・女性が71人(43.8%)、男性が91人(56.2%)だった

・ワクチン接種を受けた女性は35人、男性は35人で、各性別ごとの対象者全体における割合はそれぞれ49.3%、38.5%であり、女性の方がワクチン接種をよく受けていた

・ワクチン接種群のうち、9人(12.7%)は2シーズンにわたって、7人(10%)は3シーズンにわたってインフルエンザワクチン接種を受けていた

・ワクチン接種群の年齢中央値は68.6歳、非ワクチン接種群の年齢中央値は59.5歳で、ワクチン接種群の方が有意に高齢者が多かった(p=0.002)

・ペンブロリズマブ投与コースの中央値はワクチン接種群で14コース、非ワクチン接種群で9.5コースで、有意にワクチン接種群の方が多かった(p=0.006)

・3人(1.9%)の患者がPCRによりインフルエンザと診断され、1人(0.6%)の患者でインフルエンザ様の症状が確認された

・ワクチン接種群では、インフルエンザと診断された患者は1人しかいなかった

・Grade 3/4のirAEは、ワクチン接種群の4人(5.7%)、非ワクチン接種群の12人(13.0%)で認められた(p=0.2)

・Grade 5のirAEは発生しなかった

・追跡終了時点で、ワクチン接種群のうち17人(24.3%)が、非ワクチン接種群のうち13人(14.1%)が死亡していた(p=0.1)