ROS1陽性肺がんとエントレクチニブ

 なかなか縁がなさそうだなあと思っていたROS1陽性肺がんだが、このところポツポツ見つかり始めた。

 今週もデータベースの整理をしていると、新たに一人、ROS1陽性肺がんが見つかっていた。

 2019年の集計をしたときは、腺がん47人中にたった1人だった。

 http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e969828.html

 それが、2020年に入ってから、もう2人見つかっている。

 ROS1陽性肺がんといえば、ALK陽性肺がんではすっかり出番が減ってしまったクリゾチニブが唯一の治療薬だった。

 http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e842469.html

 そこに、2020年02月に、エントレクチニブも使用可能にするとの承認が得られた。

 https://www.chugai-pharm.co.jp/news/detail/20200221160001_953.html

 クリゾチニブもエントレクチニブも、ROS1陽性の進行・再発非小細胞肺がんに対して使用することができる。

 ROS1陽性肺がんに対するエントレクチニブの臨床効果については、以下の記事を参照。

 http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e955323.html

 問題は使用するための条件である。

 ROS1融合遺伝子の有無を調べるにあたり、クリゾチニブはコンパニオン診断として、OncoGuide AmoyDx ROS1融合遺伝子検出キットが認められており、本検査は現在の実地臨床で広く用いられている。

 https://www.rikengenesis.jp/product/product_ivd/product_ivd_01.html

 ちなみに、本キットを取り扱っている理研ジェネシス社は、次世代シーケンサーを用いた遺伝子診断パネルのOncoGuide NCCオンコパネルも取り扱っている。

 一方、エントレクチニブはコンパニオン診断として、次世代シーケンサーを用いた遺伝子診断パネルのFoundationOne CDx がんゲノムプロファイル検査を採用している。

 https://www.chugai-pharm.co.jp/news/detail/20191226113000_924.html

 エントレクチニブのコンパニオン診断がFoundationOne CDx がんゲノムプロファイル検査であることは、エントレクチニブにとって大きな欠陥のように思われる。

 臨床医にとって、進行・再発非小細胞肺がんの患者のROS1検索を行うにあたり、OncoGuide AmoyDx ROS1融合遺伝子検出キットとFoundationOne CDx がんゲノムプロファイル検査では、そのハードルの高さがあまりに違いすぎる。

 https://test-guide.srl.info/hachioji/test/list/111

 OncoGuide AmoyDx ROS1融合遺伝子検出キットは、上記のリンクにあるように検査にかかる費用は25,000円、提出検体は腫瘍凍結組織でも、腫瘍組織ホルマリン固定標本でも、胸水でも、気管支擦過細胞浮遊液でも検査できるし、検査をするにあたっての患者条件はない。

 一方FoundationOne CDx がんゲノムプロファイル検査は、これも上記のリンクにあるように費用は560,000円、提出検体は5mm角以上の大きさの腫瘍組織ホルマリン固定標本の薄切切片10数枚のみ、患者条件として「固形腫瘍の腫瘍細胞を検体とし、患者1人につき一生1回に限り利用できる」「標準治療がない固形がん患者又は局所進行若しくは転移が認められ標準治療が終了となった固形がん患者(終了が見込まれる者を含む。)であって、本検査施行後に化学療法の適応となる可能性が高いと主治医が判断した者に対して実施する場合に限り利用できる」があり、さらには、検査結果を専門家会議にかけて、そこで出た結論を主治医から患者に伝えるところまでやって初めて病院から患者に診療報酬を請求できるが、このプロセスを踏まなかったら費用のほとんどは病院負担になる、という様々な高いハードルがある。

 素直に読めば、FoundationOne CDx がんゲノムプロファイル検査は「標準治療が終了となった」肺がん患者でないと検査できず、その結果ROS1陽性と判定されて、初めてエントレクチニブの治療にたどり着くことになる。

 ・・・OncoGuide AmoyDx ROS1融合遺伝子検出キットを使ってROS1肺がんを診断してクリゾチニブを使うのか、FoundationOne CDx がんゲノムプロファイル検査を使ってROS1肺がんを診断してエントレクチニブを使うのか、初回治療で臨床医がどちらを選ぶのかはもはや説明するまでもないだろう。

 エントレクチニブの出番があるとするならば、

1)OncoGuide AmoyDx ROS1融合遺伝子検出キットを使ってROS1肺がんを診断してクリゾチニブを使い、

2)クリゾチニブで病勢進行に至った後に化学療法を行い、

3)それでも病勢進行となり、標準治療はすべてやりつくして、

4)大きな腫瘍組織をとるための生検検査をして、

5)FoundationOne CDx がんゲノムプロファイル検査でもう一回ROS1陽性を確認して、

6)エキスパートパネルの結果が出て、主治医の説明を受けるまでの長い期間を生き延びて、

ようやく治療開始にこぎつけたときである。

 現実的にはかなり厳しいプロセスで、そもそもFoundationOne CDx がんゲノムプロファイル検査を行える施設自体がごく限られている。

 FoundationOne CDx がんゲノムプロファイル検査のみをコンパニオン診断とする限り、エントレクチニブの出番はほとんどないだろう。

 ひどい言い方に聞こえるかもしれないが、企業が検査と治療の両方で利益を回収しようとするから、こうしたジレンマに陥るのだ。