全脳照射の時、海馬を避けることに意味はあるのか

 転移性脳腫瘍を有する患者さんに対する海馬回避全脳照射、話には聞いていたし、実際に他の診療施設から紹介を受けた患者さんに、この治療の経験者がいた。

 現在、大分でやっている施設があるかどうかは知らない。

 どの程度のエビデンスがあるのかも知らなかった。

 今回取り上げる第III相臨床試験、主要評価項目で認知機能に焦点を当て、生存期間解析は副次評価項目扱いとしている点がユニークである。

 この結果が全うなものならば、放射線治療設備を有する病院では、直ちに検討し始めるべきではないだろうか。

 また、全脳照射を行う患者に対して、全員にメマンチンを使うというのも我が国の実地臨床とは乖離があり、この点をどうするか考える必要がある。

Hippocampal Avoidance During Whole-Brain Radiotherapy Plus Memantine for Patients With Brain Metastases: Phase III Trial NRG Oncology CC001

Paul D. Brown et al. J Clin Oncol 2020

DOI: 10.1200/JCO.19.02767

目的:

 海馬領域の中で、放射線による変性を来しやすい部分への放射線照射量の多寡は、認知機能障害との関連することが指摘されている。

 転移性脳腫瘍に対する全脳照射を行う際、強度変調放射線照射を利用して海馬領域を回避することにより、認知機能を維持できるのではないかと仮説を立てた。

方法:

 今回の第III相臨床試験では、転移性脳腫瘍を有する成人を対象とした。海馬回避全脳照射とメマンチンを併用する群(HA-WBRT群)と、通常全脳照射とメマンチンを併用する群(WBRT群)に患者を割り付けた。主要評価項目は、認知機能障害発生期間(TTCF, 少なくとも1種の認知機能評価テストにおいて、評価が下がるまでの期間)とした。副次評価項目は全生存期間(OS)、頭蓋内病変無増悪生存期間(icPFS)、毒性、患者による症状評価とした。

結果:

 2015年7月から2018年3月までの期間に、518人が無作為割付された。生存患者の追跡期間中央値は7.9ヶ月だった。認知機能障害リスクは、HA-WBRT群の方がWBRT群より低かった(調整ハザード比は0.74、95%信頼区間は0.58-0.95、p=0.02)。この違いは、追跡開始から4ヶ月時点での実務的能力低下(23.3% vs 40.4%, p=0.01)や6ヶ月時点での学習能力低下(11.5% vs 24.7%, p=0.049)や記憶力低下(16.4% vs 33.3%, p=0.02)に起因していた。治療群間において、OS、icPFS、毒性の差は認めなかった。6ヶ月時点において、HA-WBRT群では疲労(p=0.04)、物事を想起する能力の低下(p=0.01)、会話能力の低下(p=0.049)、神経症状により生活に支障をきたすこと(p=0.008)、認知機能低下症状(p=0.01)がより少なかった。

結論:

 転移性脳腫瘍を有する患者に対するメマンチン内服併用海馬回避全脳照射は、認知機能を維持し、照射に起因すると思われる有害事象症状を軽減し、かつic-PFSやOSは同等だった。海馬領域に病巣のない転移性脳腫瘍を有し、全脳照射を検討されているPS良好の患者においては、海馬回避全脳照射は標準治療ととらえられるべきである。