・第II相OCEAN試験 放射線治療歴のない脳転移巣があるEGFR肺癌において、脳転移巣に対するオシメルチニブの病巣縮小効果は?

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 ドライバー遺伝子変異陽性の進行非小細胞肺がんと診断され、脳転移を合併した患者さんに対して、分子標的薬による治療を先行させ、治療反応を見てから脳転移巣への放射線治療を行うか否かを検討する、というアプローチは、最近ではよく行われるようになりました。

 理由はいくつか考えられます。

1)ドライバー遺伝子変異陽性肺がんは脳転移合併率、治療中の新規出現率が高い

2)ドライバー遺伝子変異陽性肺がんに合併した脳転移巣は、分子標的薬がよく効くことが多い

3)脳全体に放射線を照射する全脳照射は、一生に一度きりしかできない

4)全脳照射の副作用として認知機能低下があり、生活の質を損なうことがある

5)副作用が少なく、繰り返し行うことができる定位脳照射(ガンマナイフ、サイバーナイフ)を提供できる医療機関はごく限られており、申し込みから治療開始までにそれなりに時間も手間もかかり、治療を急ぐときには適用が難しい

6)定位脳照射で対応可能な脳転移は、数も大きさもある程度限られる

といったところでしょうか。

 

 今回紹介するのは、放射線治療歴のない5mm以上の脳転移巣を有するEGFR遺伝子変異陽性進行非小細胞肺がん患者さんを対象に、オシメルチニブによる脳転移巣縮小効果を検証する第II相試験であるOCEAN試験に登録された患者さんのうち、第1世代もしくは第2世代のEGFRチロシンキナーゼ使用後に病勢進行し、かつエクソン20T790M耐性変異が確認された患者さん集団に関する解析結果です。

 ・・・背景を記載するだけで3行にわたってしまうくらいなので、いかに限定された患者さんなのかがわかりますし、EGFR遺伝子変異陽性進行非小細胞肺がん患者さんに対する一般的な一次治療がオシメルチニブになってしまった現在では、残念なことにあまり実臨床とはそぐわない内容になってしまいました。

 とはいえ、本論文の考察で示されているように、第1世代もしくは第2世代のEGFRチロシンキナーゼ阻害薬使用後に病勢進行したEGFR遺伝子変異陽性進行肺がん患者さんを対象にオシメルチニブの有効性を検証した第III相AURA3試験においても、脳転移巣に対するオシメルチニブの奏効割合は70%と報告されていて、本報告の66.7%はそれに符合する結果でした。本試験の未治療患者さん集団に関する解析結果が今後どのようになるかにもよりますが、一次治療でオシメルチニブを使用した場合、ざっと70%よりも高い脳転移巣奏効割合を期待していいのではないでしょうか。

 一方、本報告で不思議な点は、脳転移関連無増悪生存期間(患者さんが本試験に参加登録してから、脳転移巣の増悪が確認されるか、あるいは患者さんが死亡するまでの期間)中央値は25.2ヶ月、全生存期間(患者さんが本試験に参加登録してから、患者さんが死亡するまでの期間)中央値は19.8ヶ月と、前者の方が後者よりも長くなっている点です。定義上、前者が後者より長くなることはありえないはずなのですが・・・。考察にその点についての説明がありますが、納得いくものではなかったのが残念です。

 また、脳転移巣の増悪が確認されたのちの後治療に関しても十分な記載がありません。分子標的薬と放射線治療をどのように組み合わせて行うのがよいのか検証した後ろ向き研究は過去にありますが、これについては別記事で触れます。

 

 

A Phase II Study of Osimertinib for Radiotherapy-Naive Central Nervous System Metastasis From NSCLC: Results for the T790M Cohort of the OCEAN Study (LOGIK1603/WJOG9116L)

 

Hiroyuki Yamaguchi et al.

ASCO 2020

J Thorac Oncol. 2021 Dec;16(12):2121-2132.

doi: 10.1016/j.jtho.2021.07.026. Epub 2021 Aug 19.

 

目的:

 オシメルチニブはEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がん患者における中枢神経系転移に対して有効と報告されている。しかしながら、この知見は中枢神経系転移に対し放射線治療歴のある患者を含んだ臨床試験の結果から導き出されたもので、放射線治療による脳転移巣縮小効果が晩発的に出てきたために転移巣が縮小したのか、あるいはオシメルチニブの薬効により縮小したのかはっきりしない。今回は、放射線治療歴のない中枢神経系転移を有するEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がん患者に対し、オシメルチニブの有効性を検証することを目的とした。

 

方法:

 OCEAN試験は2つのコホートを設定した臨床試験である。EGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がんと診断され、放射線治療歴のない中枢神経転移を有する患者66人が参加(第1世代もしくは第2世代EGFRチロシンキナーゼ阻害薬治療後に病勢進行し、T790M変異陽性と判明した患者が40人、一次治療としてオシメルチニブを使う未治療患者が26人)した。対象患者はオシメルチニブ80mg/日、1日1回内服による治療を受けた。主要評価項目はPAREXEL評価基準により判定した脳転移巣奏効割合(brain metastases response rate, BMRR)とした。今回は、T790M変異陽性の患者集団における結果を、薬物動態や血中循環腫瘍DNAに関する解析結果を交えて報告する。

☆PAREXEL評価基準(本文中より):

・標的病変とする脳転移巣病変は、長径5mm以上とする

・大きいものから順に5病巣までを標的病変とする

・標的病変の長径和を計算する

・非標的病変は、標的病変以外の全ての脳転移巣とする

 

結果:

 対象患者の年齢中央値は69歳で、全体の30%が男性だった。8人(20%)の患者は中枢神経病変による臨床症状を伴っており、ほとんどの患者(78%)で中枢神経転移が多発していた。39人の適格患者において、BMRRは66.7%(90%信頼区間54.3-79.1)、脳転移関連無増悪生存期間中央値は25.2ヶ月(95%信頼区間7.0-34.5)、全生存期間中央値は19.8ヶ月(95%信頼区間10.9-34.5)、奏効割合は40.5%(95%信頼区間24.7-57.9)、無増悪生存期間中央値7.1ヶ月(95%信頼区間3.4-13.6)だった。RECIST評価基準でのBMRRは70.0%(n=0)だった。EGFRエクソン19欠失変異患者における脳転移関連無増悪生存期間は、EGFRエクソン21点突然変異患者におけるそれよりも有意に延長していた(中央値は31.8ヶ月 vs 8.3ヶ月、ログランク検定におけるp=0.032)。治療関連肺障害は4人(10%)に認めた。治療開始22日目かそれ以降におけるオシメルチニブ濃度最低値は、血中で568nM、脳脊髄液中で4.10nMだった。オシメルチニブの代謝産物であるAZ5104濃度最低値は、血中で68.0nM、脳脊髄液中で0.260nMだった。血液中から脳脊髄液中へのオシメルチニブ移行度は0.79%、AZ5104のそれは0.53%だった。22日目時点におけるオシメルチニブの最低血中濃度は、中枢神経系転移に対するオシメルチニブの有効性とは無関係だった。血清で検出されたT790M変異およびC797S変異は、治療開始前はそれぞれ83%、3%だった。治療開始から22日目ではそれぞれ11%、3%となり、病勢進行確認時にはそれぞれ39%、22%となった。

 

結論:

 T790M耐性変異を有するEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がんと診断され、中枢神経系に対して放射線治療歴のない患者に対して、オシメルチニブの有効性を評価した。主要評価項目は目標を達成した。