今年の日本内科学会総会にオンライン参加し、表題の教育講演を聴講しました。
進行非小細胞肺がんについて、EGFR遺伝子変異陽性サブグループとドライバー遺伝子変異陰性サブグループの治療に関する考え方がコンパクトにまとめられていて、頭の中を整理するのに役立ちました。
要点を書き残しておきます。
1 概略
・国立がん研究センターのがん統計より
2009年-2011年に診断されたがん患者さんの5年相対生存割合
肺癌:男性29.5%、女性46.8%と明らかに女性の方が生命予後がいい
女性の方がEGFR遺伝子変異陽性者が多いからではないか
同じ部位で、これだけ男女差が大きいがん種は類例がない
・手術と放射線は局所治療、化学療法と分子標的薬と免疫療法は全身療法
・基本的な病期分類はI, II, III, IV期だが、それぞれ細分類されている
・院内がん登録の全国集計を用いて肺がんの病期別患者割合を見てみると
I期:42%、5年生存割合73.8%
II期:9%、5年生存割合47.5%
III期:17%、5年生存割合26.7%
IV期:32%、5年生存割合7.2%
・手術はI期からIIIA期まで
・放射線治療はIII期
・化学療法はI期、II期、III期、IV期いずれでも使うチャンスがある
・分子標的薬はいまのところIV期のみ
・免疫チェックポイント阻害薬はいまのところIII期とIV期のみ、いずれ周術期にも
2 EGFR遺伝子変異陽性肺がん
・EGFR遺伝子変異があるとゲフィチニブが効きやすい、変異が無い場合に比べて両者の親和性が100倍まで増幅される
・EGFRチロシンキナーゼ阻害薬は第I世代(ゲフィチニブ、エルロチニブ)、第II世代(アファチニブ、ダコミチニブ)、第III世代(オシメルチニブ)に分類される
・EGFR遺伝子変異陽性肺がんに対して、ゲフィチニブは無増悪生存期間を延長したが、全生存期間は延長しなかった
・T790M耐性変異による耐性化の問題・・・EGFRエクソン20部位のスレオニンがより大きなアミノ酸残基であるメチオニンに置換されることにより、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬がEGFRのチロシンキナーゼ結合部位のポケットに割り込めなくなる
・T790M耐性変異は、EGFRチロシンキナーゼ耐性化要因全体の60%を占める
・T790M耐性変異を克服することを目的として、化合物骨格からデザインされ創薬された薬がオシメルチニブ
・再生検によりT790M耐性変異が見つかったら、オシメルチニブに切り替えて、無増悪生存期間がさらに10ヶ月延長するようになった
・実地臨床では、再生検でT790M耐性変異を確認できるのはせいぜい30%程度
・オシメルチニブはそもそもEGFR遺伝子変異肺癌に有効なので、T790M耐性変異が検出される前の初回治療からオシメルチニブを使用した方がうまくいくのではないか、というコンセプトで開始されたのがFLAURA試験
・1次治療でオシメルチニブを使用すると、ゲフィチニブやエルロチニブよりも無増悪生存期間を延長する(中央値は19ヶ月 vs 10ヶ月)ことが分かった
・全生存期間は、欧米人ではオシメルチニブで延長したが、アジア人ではあまり差がつかなかった
・現在は、EGFR遺伝子変異陽性肺がん患者さんに対しては、オシメルチニブ単剤療法が標準治療となった
・オシメルチニブを初回治療で使う前提なら、もはやT790M耐性変異を検出する必要はなくなった
・もっと治療成績を改善できないか、ということで取り組んだのがNEJ009試験とNEJ026試験
・NEJ009試験ではEGFRチロシンキナーゼ阻害薬とプラチナ併用化学療法の同時併用が有効かどうかを検証するため、ゲフィチニブ+カルボプラチン+ペメトレキセド併用療法を行い、無増悪生存期間中央値は20.9ヶ月とオシメルチニブよりさらに優れ、生存期間中央値は52.2ヶ月まで延長した
・NEJ026試験ではEGFRチロシンキナーゼ阻害薬と血管新生阻害薬の同時併用が有効かどうかを検証するため、エルロチニブ+ベバシズマブ併用療法を行い、病勢進行後はカルボプラチン+ペメトレキセド併用療法を行ったところ、エルロチニブ+ベバシズマブ併用療法の無増悪生存期間中央値は16.9ヶ月、生存期間中央値は50.7ヶ月だった
3 ドライバー遺伝子変異陰性肺がん
・腫瘍免疫サイクルの7つのステップ
1)放射線治療や抗がん薬治療でがん抗原の放出を促す
2)がん抗原を樹状細胞が捕まえる
3)樹状細胞がリンパ節に移動してTリンパ球と出会い、がん抗原の情報を受け渡す
ここでT細胞表面のCTLA-4をブロックし、Tリンパ球活性化を促すのがイピリムマブ
4)活性化されたCD8+Tリンパ球がリンパ節から血管へ出ていく
5)活性化されたCD8+Tリンパ球ががん病巣に入り込む
6)活性化されたCD8+Tリンパ球ががん細胞表面のがん抗原を認識する
7)活性化されたCD8+Tリンパ球ががん細胞を攻撃する
ただし、Tリンパ球表面のPD-1とがん細胞表面のPD-L1が結合すると攻撃できない
Tリンパ球表面のPD-1をブロックし、Tリンパ球による攻撃を促すのがニボルマブ等
がん細胞表面のPD-L1をブロックし、Tリンパ球による攻撃を促すのがアテゾリズマブ等
・抗PD-1抗体もしくは抗PD-L1抗体の効果を予測するためのマーカーとしてがん細胞表面のPD-L1発現状態(免疫染色で評価)があり、発現が高いほど効果が高い
・病巣内に活性化Tリンパ球が多く、抑制性Tリンパ球や疲弊Tリンパ球が少ない方が効果が高い
・イピリムマブには、がん病巣内部の抑制性Tリンパ球を除去し、CD4+Tリンパ球やCD8+Tリンパ球を入り込ませる作用があると期待される
・III期非小細胞肺がんでは、化学療法+胸部放射線療法同時併用が標準治療で、5年生存割合は15%くらいだった
・化学療法+胸部放射線療法同時併用をやったあとに抗PD-L1抗体であるデュルバルマブを投与すると、5年生存割合はなんと43%まで向上した
・IV期ではPD-L1発現50%以上の患者に対して、ペンブロリズマブ単剤療法を行うと5年生存割合32%(KEYNOTE-024試験)
・抗PD-1 / PD-L1抗体を使用すると、長期生存できる患者が増える
・化学療法を併用すると、治療初期の病勢進行が緩和され、更に長期生存できる患者が増える(KEYNOTE-189試験、KEYNOTE-407試験)
・化学療法との併用では、抗PD-L1抗体よりも抗PD-1抗体の方が生存期間延長効果が高そうな印象(IMpower150、IMpower130、IMpower132)
・KEYNOTE-024試験とKEYNOTE-189試験、PD-L1発現50%以上の患者同士で比べてみると、KEYNOTE-189試験の方が3年目以降の長期生存効果が劣りそうな雰囲気
・ニボルマブ+イピリムマブ併用療法に関連した臨床試験としてCheckMate-227試験とCheckMate-9LA試験が挙がる
・ニボルマブを開発した本庶先生、イピリムマブを開発したアリソン先生、2人ともノーベル医学生理学賞を受賞した、と話すと、患者さんはぜひ併用療法を、と希望する
・ニボルマブ+イピリムマブ併用療法は、PD-L1発現が1%未満でも有効
・CheckMate-9LA試験では治療開始当初の2コースのみプラチナ併用化学療法を併用して、初期の治療有効性を高めている