・PD-L1発現が高いと、EGFR阻害薬の治療はやりにくい

 最近はあまり耳にしなくなりましたが、以前よく用いられた言い回しで、

 「オンコジーン・アディクション

というものがありました。

 敢えて日本語に訳すなら、

 「がん遺伝子に対する中毒性」

とでもなるところでしょうか。

 EGFRにせよALKにせよ、あるいはその他の遺伝子変異にせよ、がん細胞ががん細胞であるために、特定の遺伝子変異およびそれによる細胞増殖システムに依存する程度が高いと、例えば   

 「EGFR遺伝子変異陽性肺がんは、オンコジーン・アディクションの程度が高い」

と表現します。分かりにくい言い方だなあ、と感じる一方で、分子標的薬の対象となる特定のがんの性質をよくつかんだ言葉だなあ、とも思っていました。

 その対極にあるのが、

 「TMB(tumor mutation burden)高値」

でしょうね。

 こちらは、細胞増殖システムに直接かかわっているか否かを問わず、がん細胞内に蓄積された遺伝子変異の種類が多いか少ないかを表しています。

 「TMBが高い方が、免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待できる」

と昨今よく言われます。免疫チェックポイント阻害薬の効果予測因子としては、TMBよりもPD-L1の方が先行して用いられており、肺がん薬物療法に関わる者にとってPD-L1発現の多寡は極めて重要な情報です。

 

 分子標的薬の有効性を予測する上でのドライバー遺伝子変異の有無と、免疫チェックポイント阻害薬の有効性を予測する上でのTMBやPD-L1の多寡。

 一般に、前者は定性的な評価で、後者は定量的な評価です。

 ただ、これはあくまで一般論であり、ドライバー遺伝子変異に対する定量的な視点、TMBやPD-L1に対する定性的な視点というのもときには必要かもしれません。

 ここでは、PD-L1高発現だとEGFRチロシンキナーゼ阻害薬の有効性を低めに見積もらなければならないとする報告を2つ取り上げます。

 後者は、第119回日本内科学会総会・講演会の一般演題プレナリーセッションで取り上げられていました。

 ドライバー遺伝子変異陽性肺がんに対して分子標的薬を使うとき、いずれは治療耐性化し二次治療を考えなければならなくなる時期が来ますが、PD-L1高発現のEGFR遺伝子変異陽性進行非小細胞肺がん患者さんにおいてはEGFRチロシンキナーゼ阻害薬の効果が相対的に低く、病勢進行後の治療準備を早く進めなければならないようです。 

 

 

Association between programmed death-ligand 1 expression, immune microenvironments, and clinical outcomes in epidermal growth factor receptor mutant lung adenocarcinoma patients treated with tyrosine kinase inhibitors

 

Ching-Yao Yang et al.

Eur J Cancer. 2020 Jan;124:110-122. 

doi: 10.1016/j.ejca.2019.10.019. Epub 2019 Nov 21.

 

背景:

 一般に肺がんに対する免疫療法の治療効果予測因子と認識されているPD-L1発現であるが、EGFR遺伝子変異を有する肺腺がんにおいては治療効果とそれほどの相関関係は認められず、これまでの研究では結論が出ていないか、そもそも治療効果や耐性化の問題に言及されていないかのいずれかである。今回の研究における主たる評価対象はPD-L1発現状態とEGFRチロシンキナーゼ阻害薬の効果、耐性化、これらに関連する臨床的アウトカムとの相関関係を見ることとした。副次的な評価項目は、異なるPD-L1発現状態にあるEGFR遺伝子変異陽性腫瘍において、腫瘍微小環境をより深く調べることとした。

 

方法:

 EGFRチロシンキナーゼ阻害薬による治療を受けたEGFR遺伝子変異陽性進行肺腺がん患者を後方視的に集積し、抗PD-L1抗体(Dako 22C3抗体)を用いて治療開始前の生検検体のPD-L1発現状態を評価した。マルチプレックス免疫染色システムを用いて、腫瘍微小環境における免疫担当細胞の分布も評価した。

 

結果:

 153人の台湾人患者を集積した。58.9%が女性で、75.8%が非喫煙者だった。EGFRチロシンキナーゼ阻害薬使用時の奏効割合と無増悪生存期間は、PD-L1発現が50%未満の患者集団の方が良好だった(奏効割合はPD-L1陰性群で65.6%、PD-L1 1-49%群で56.4%、PD-L1 50%以上群で38.9%、無増悪生存期間中央値はPD-L1陰性群で12.5ヶ月、PD-L1 1-49%群で12.8ヶ月、PD-L1 50%以上群で5.9ヶ月、p<0.05)。多変数解析を行ったところ、PD-L1 50%未満が独立した無増悪生存期間延長因子だった(ハザード比0.433、95%信頼区間0.250-0.751、p=0.003)。その上、PD-L1発現が高い患者においては、T790M耐性変異出現頻度が統計学的有意に低いことがわかった(PD-L1陰性群で53.7%、PD-L1 1-49%群で35.7%、PD-L1 50%以上群で10%、p=0.024)。マルチプレックス免疫染色システムは15人でのみ適用され、PD-L1発現状態、免疫担当細胞、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬の反応性には潜在的な相関関係が認められた。

 

結語:

 治療開始前のPD-L1発現が低いEGFR遺伝子変異陽性進行非小細胞肺がんでは、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬による奏効割合、無増悪生存期間、T790M陽性割合がより高いことがわかった。

 

 

 

未治療EGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がんを対象としたオシメルチニブ初回治療における腫瘍内PD-L1発現の検討:多施設共同前向き観察研究

2022年 第119回日本内科学会総会・講演会(演題番号197)

 

Impact of tumor programmed death ligand-1 expression on osimertinib efficacy in untreated EGFR-mutated advanced non-small cell lung cancer: a prospective observational study

 

Akihiro Yoshimura et al.
Transl Lung Cancer Res. 2021 Aug;10(8):3582-3593. 
doi: 10.21037/tlcr-21-461.

 

背景:

 オシメルチニブ単剤療法はEGFR遺伝子変異陽性患者の初回標準治療のひとつである。しかし、一部のEGFR遺伝子変異陽性肺がん患者はEGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)への初期耐性を示し、十分な効果が得られない。PD-L1が高発現だと、第1世代、第2世代のEGFR-TKIの効果が得られにくいとこれまでに報告されている。

 

方法: 

 2019年09月から2020年12月にかけて、日本国内14施設でオシメルチニブによる治療を受けたEGFR遺伝子変異陽性進行非小細胞肺がん患者を前向きに評価した。オシメルチニブ単剤療法による治療効果と患者背景の相関性について検討した。

 

結果:

 腫瘍のPD-L1発現状態を検索した71人の患者を登録した。多変数解析において、PD-L1発現状態はオシメルチニブ投与時の無増悪生存期間に関する独立した予測因子だった(p=0.029)。PD-L1発現が低い、もしくは発現がない患者群に対し、PD-L1高発現の患者群では有意に奏効割合(p=0.043)や病勢コントロール割合(p=0.007)が低下していた。その上、オシメルチニブによる治療を受けた患者集団において、PD-L1高発現の患者群では、PD-L1発現が低い、もしくは発現がない患者群に対し、有意に無増悪生存期間が短縮していた(無増悪生存期間中央値は5ヶ月 vs 17.4ヶ月、p<0.001)。

 

結論:

 EGFR遺伝子変異を有する未治療進行非小細胞肺がん患者において、PD-L1高発現であることは、オシメルチニブ単剤療法による治療効果が悪いことと相関していた。