・限局型肺小細胞がんにおける海馬回避予防的全脳照射

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 海馬回避全脳照射については、以前触れたことがあります。

 

・全脳照射の時、海馬を避けることに意味はあるのか

http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e971509.html

 

 一般向けの教養書でも海馬と記憶の関係はしばしば触れられています。

 アルツハイマー病においては、海馬の萎縮が画像診断上の一つの目安とされており、最近脳神経内科医に相談した私の入院患者は、実際に海馬の萎縮を以てアルツハイマー病の疑いが強いと指摘されていました。

 

 上記の記事で取り上げた論文では、転移性脳腫瘍を発症した患者さん全体が適格とされていました。

 今回取り上げる論文ではもっと対象者を絞り込み、予防的全脳照射の適応がある肺小細胞がん患者とされています。

 欧州では進展型肺小細胞がん患者も予防的全脳照射の対象とされており、本試験でも約30%が進展型の患者であったようで、我が国における実臨床とは一部隔たりがあります。

 とはいえ、5年生存割合が35-40%にも及んだ患者集団において、認知機能をより良好に維持したというのは、無視できないデータです。

 FCSRTという耳慣れない評価尺度が用いられているため、簡単にではあるが参考資料を末尾に付しました。

 我が国でも、一般に用いられている長谷川式認知機能評価スケールやMMSEを評価項目に加えて検討すると、より実感がわく結果が得られるのではないだろうか。

 

 

 

 

 

Randomized Phase III Trial of Prophylactic Cranial Irradiation With or Without Hippocampal Avoidance for Small-Cell Lung Cancer (PREMER): A GICOR-GOECP-SEOR Study

 

Núria Rodríguez de Dios et al., Published online August 11, 2021.

DOI: 10.1200/JCO.21.00639 Journal of Clinical Oncology

 

方法:

 放射線全脳照射治療中に海馬の神経幹細胞が暴露される放射線量は、認知機能低下と関連があると言われてきた。小細胞肺がん患者に対して海馬回避予防的全脳照射(Hippocampal Acoidance-Prophylactic Cranial Irradiation, HA-PCI)を適用する際の関心事は、放射線暴露を回避した海馬領域における脳転移の発生頻度である。

 

方法:

 今回の第III相臨床試験では、2019年10月までスペイン国内13施設から150人の肺小細胞がん患者(71.3%は限局型)が組み入れられ、標準的な予防的全脳照射(Prophylactic Cranial Irradiation, PCI, 総線量25Gyを10回分割照射)群とHA-PCI群に割り付けた。主要評価項目はFree and Cued Selective Reminding Test(FCSRT)における治療後3ヶ月時点での遅延自由再生(Delayed Free Recall, DFR)とし、治療開始前のベースラインの点数より3点以上低下したら認知機能低下と判定した。副次評価項目は、FCSRTにおける他項目の点数、Quality of Life(QoL)、脳転移の発生割合および発生部位、全生存期間とした。データは治療開始前、治療開始後3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月、24ヶ月の時点で評価した。

 

結果:

 PCI群、HA-PCI群にそれぞれ75人ずつが割り付けられた。両群合わせて13人が不適格と判断され、結局PCI群に68人、HA-PCI群に69人が割り付けられた。両治療群間で、患者背景に有意な差は見られなかった。生存患者の経過観察期間中央値は40.4ヶ月だった。治療開始前から治療後3ヶ月時点までのDFRの低下は、PCI群(23.5%)に比してHA-PCI群(5.8%)で有意に軽微だった(オッズ比5, 95%信頼区間1.57-15.86, p=0.003)。FCSRTにおける他項目の検討では、治療開始前から治療後3ヶ月時点までの全再生(Total Recall, TR)の低下はPCI群で20.6%, HA-PCI群で20.6%、治療開始前から治療後6ヶ月時点までのDFRの低下はPCI群で33.3%、HA-PCI群で11.1%、TRの低下はPCI群で38.9%、HA-PCI群で20.3%、全自由再生(Total Free Recall, TFR)の低下はPCI群で14.8%、HA-PCI群で31.5%、治療開始前から治療後24ヶ月時点までのTRの低下はPCI群で47.6%、HA-PCI群で14.2%だった。2年経過時点における、脳転移の累積発生割合はHA-PCI群で22.8%、PCI群で17.7%で統計学的有意差を認めなかった(p=0.430)。脳転移再発した患者のうち、多発脳転移再発はPCI群で70.5%、HA-PCI群で84.6%に認めた。HA-PCI群のうち、1人で海馬歯状回への転移を認めた。海馬回避領域への単発の脳転移再発は認めなかったが、多発脳転移を来した患者において、PCI群で2人、HA-PCI群で12人に海馬回避領域の転移を認めた。60ヶ月経過時点で、HA-PCI群のうち60.0%、PCI群のうち65.3%は死亡していた→5年生存割合はHA-PCI群で40%、PCI群で34.7%だった。生存期間中央値はHA-PCI群で23.4ヶ月、PCI群で24.9ヶ月だった(p=0.556)。QoLには両群間で有意差を認めなかった。

 

結論:

 小細胞肺がん患者に対するPCI中に海馬を照射野から外すことにより、認知機能はよりよく維持された。脳転移再発割合、全生存期間、QoLは標準的なPCIと遜色なかった。

 

 

 

Free and Cued Selective Reminding Test  日本語版作成とその有効性について

田村 至、老年精神医学雑誌,22(8):949-954,2011

 

(以下、序文より一部抜粋)

 軽度認知障害のスクリーニング検査として欧米で使用されているFree and Cued Selective Reminding Test(FCSRT)は、16単語の即時ヒント再生,3回にわたる自由再生およびヒント再生,遅延自由・ヒント再生を行うことで,記憶の3側面である記銘・想起・貯蔵を個別に検査することができる。欧米では,FCSRTがアルツハイマー病とパーキンソン病,脳血管性認知症などとの鑑別診断に有用であると報告されている。