脳転移の治療、四方山話

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 令和元年、あけましておめでとうございます。

 最初は棚上げにしていたこの話題で。

 

 進行肺がんの患者において、脳転移をはじめとした中枢神経系転移の症状コントロールがうまく行かず、治療が行き詰ってしまうことはよくあることです。

 脳転移は、発症の仕方によっては患者の心身を破壊し、治療の手立てをなくしてしまいます。

 

 以下に取り上げるNRG Oncology / TROG 0214臨床試験、結果は残念ながら不成功に終わっていますが、我が国の実地臨床を考えるとき、手術をしなかった患者のサブグループ解析の方がより参考になるし、できればこの患者集団に焦点を絞って追試をするのが望ましいと思います。

 また、後半に取り上げる米国の識者の「脳転移無増悪生存期間という考え方は、脳転移による生活の破壊を回避するために重要だ」というコメントには考えさせられます。

 薬物療法臨床試験結果解釈において、無増悪生存期間の延長を以て(全生存期間の延長が確認されていない時点で)薬事承認、薬価収載されることが当たり前になった現在、脳転移に対する放射線治療の在り方についてこのような考え方を知っておくのは、治療意思決定の場面において大切なことではないでしょうか。

 

 

 

Long-Term Outcomes for Prophylactic Cranial Irradiation vs Observation in Locally Advanced NSCLC

 

from The ASCO Post

Posted: 4/3/2019 2:51:33 PM

Last Updated: 4/3/2019 5:04:29 PM

JAMA Oncol. 2019 Mar 14. doi: 10.1001/jamaoncol.2018.7220. [Epub ahead of print]

 

 NRG Oncology / RTOG 0214試験の長期追跡調査において、局所進行非小細胞肺癌患者における予防的全脳照射は、脳転移発生割合と無病生存期間は改善するが、全生存期間は改善しないことがJAMA Oncologyに報告された。

 本試験は国際共同試験であり、治療後に病勢進行を認めていないIII期局所進行非小細胞肺癌患者340人を、予防的全脳照射群(163人)と経過観察群(177人)に無作為に割り付けた。割り付け調整因子は病期(IIIA期 / IIIB期)、組織型、外科治療の有無とした。

 主要評価項目は全生存期間だった。

 

 経過観察期間中央値は2.1年であり、生存中の患者に限って言えば9.2年だった。

 予防的全脳照射は全生存期間の延長に寄与しなかった(ハザード比0.82、p=0.12)。5年生存割合、10年生存割合は予防的全脳照射群と経過観察群でそれぞれ24.7% vs 26.0%、17.6% vs 13.3%だった。予防的全脳照射は無病生存期間を有意に改善(ハザード比0.76、p=0.03)し、5年無病生存割合、10年無病生存割合は予防的全脳照射群と経過観察群でそれぞれ19.0% vs 16.1%、12.6% vs 7.5%だった。予防的全脳照射は脳転移発生割合も低下させ(ハザード比0.43、p=0.003)、5年脳転移発生割合は16.7%、10年脳転移発生割合は28.3%だった。多変数解析を行ったところ、有意差がつく因子は認められなかった。

 外科治療を行わなかった患者225人に限って多変数解析を行ったところ、予防的全脳照射は全生存期間(ハザード比0.73、p=0.04)、無増悪生存期間(ハザード比0.70、p=0.01)、脳転移発生割合(ハザード比0.34、p=0.002)いずれをも有意に改善していた。

 

 

 

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 脳転移の診療に関するウェブセミナーから引用。

 

 今日は患者さんにとっても医療者にとってもありふれた、かつ難しい問題について取り上げます。脳転移の診療についてです。今回は、私が最も得意な肺癌の領域についてお話します。HER2、HER1や、とりわけEGFR分子の異常を伴う肺癌ではしばしば脳転移を伴います。我々の研究施設では、進行期と診断されたEGFR遺伝子変異陽性肺癌患者の31%で、16%では治療経過中に出現します。結局のところ、進行期の患者の約半数が診断時から、もしくは治療経過中に脳転移を合併することになります。HER2陽性肺癌患者でも同じことが言えますし、KRAS陽性患者では脳転移を合併する頻度が少しだけ低くなります。

 

 脳転移は患者さんの生活を極端にひどいものにしてしまいます。脳転移にさいなまれる生活など、想像するだけでもぞっとします。脳転移の合併は、体力の消耗・衰弱を伴います。我々の研究結果によると、脳転移を合併していると、合併していないときと比べて全く異なる人生が待っています。たとえば、EGFR遺伝子変異陽性肺癌の患者さんを例に取ると、診断時点で脳転移を合併していた患者さんの生存期間中央値は約4年間ですが、一方で診断時点で脳転移を合併していなかった患者さんの生存期間中央値は8年間です。脳転移は生活を破壊し、体を衰弱させ、生命予後を悪化させます。

 

 どうして我々は脳転移に打ち負かされてしまうのでしょうか。脳転移そのものが悪いというよりは、脳転移を伴う病態は全身性の病態であると捉えるべきでしょう。脳転移を制御する方策は、すなわち全身の病態を制御する方策でもあります。全身の病態を制御するよりよい薬は、脳転移巣もよりよく制御するでしょうし、こうした薬を開発することが我々の仕事でしょう。

 

 放射線治療の役割はどうでしょう。Journal of Clinical Oncology誌でKayamaらが報告した論文では、?脳転移巣に対する外科的摘出術を行った後、病勢が悪化した際に定位脳照射(ガンマナイフもしくはサイバーナイフ)を行うグループと、脳転移巣に対する外科的摘出術を行った直後に全脳照射を行うグループを比較しています。当初から予想されていたように、生存期間においては両群間に差異は見られませんでした。この研究に参加した患者の約半数は肺癌患者でした。

 

 しかし、生存期間に影響を与えないからと言って、脳転移を有する患者に放射線治療をしない、という選択は「あり」でしょうか?本試験に参加した患者全体を見渡すと、最終的に放射線治療を受けなかった患者は全体の8%しかいません。どっちみち、放射線治療はすることになるのです。我々の責務は、脳転移巣をより長い期間コントロールできるように治療効果を最大化するよう配慮し、脳転移による不快な合併症を取り除くことです。

 

 脳転移は生活を破壊します。外科治療後であっても、放射線治療は適用可能です。放射線治療は、診断・治療開始から症状の再燃までの時間を稼ぐことができます。QoLの改善、病勢進行の予防に関して、放射線治療の力を過小評価してはなりません。全生存期間の延長こそが唯一重要な治療法選択の基準だと主張する人がたくさんいることは分かっています。しかし、とりわけ脳転移を有する患者さんの治療を考えるときは、その心身へ与える破壊的な影響を考えるとき、脳転移無増悪生存期間という指標もまた、とても重要です。