・病勢進行後の治療をどう考えるか

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 肺がんの治療が多様化し、治療の考え方はとても複雑になりました。

 「病勢進行」後の治療をどう考えるかについて、散文的にはなるが書き記します。

 

1)「病勢進行」をどうとらえるか  

 病勢進行の定義をRECIST効果判定の考え方に沿って端的に書き下すなら、「一定以上の病巣増大、あるいは新規病巣の出現」です。

[研究者・医療関係者の皆さん] ガイドライン・各種規準 - 固形がんの治療効果判定のための新ガイドラインRECISTガイドライン version1.1:日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG:Japan Clinical Oncology Group)

 薬の腫瘍縮小効果を評価する臨床試験においては、この基準が厳密に適用されます。

 とはいえ、それさえも絶対的なものではありません。

 

〇主観の問題 
 画像診断に基づいて腫瘍縮小効果を判定するといっても、評価者の主観に左右されます。
 患者さん・ご家族と喜びも悲しみも分かち合う担当医と、まったく診療に関わらない効果判定委員会のメンバーでは、どうしても測定結果に相違が出てきます。
 効果判定委員会の評価を仮に真の測定結果とするならば、患者さん・ご家族の心情を慮って測定結果をいい方にとってしまう担当医もいるでしょう。
 逆に、臨床試験の厳格さを重視するあまりに、却って測定結果を悪い方にとってしまう担当医もまた、いるでしょう。
 そうした評価のブレはやむをえないことですが、最近はあえて効果判定委員会の評価ではなく、担当医の評価を主要な評価項目に据える臨床試験を散見します。
 これは私の推測ですが、臨床試験で定められた治療が効果・安全性両面で優れていれば、担当医は長くプロトコール治療を続けたいと思うでしょうし、逆に効果・安全性いずれかに問題があれば(診療をしていてそのように感じるならば)担当医は早く定められた治療をやめて、次の治療を提供したいと考えるでしょう。
 そうした担当医の主観が、敢えて効果判定に持ちこまれるようにしているのかもしれません。
 
〇効果判定のタイミングの問題
 治療の効果発現時期が効果判定のタイミングとうまく合致するとは限りません。
 双極にあるのが、ドライバー遺伝子変異に対する分子標的薬と、免疫チェックポイント阻害薬です。
 分子標的薬は一般に効果発現が早く、適切に使えば治療初期は劇的に病巣が縮小することが多いです。
 一方で、免疫チェックポイント阻害薬では、有効な場合にも一過性に病巣が増大することすらあります。Pseudo-Progressionと呼ばれます。
 そのため、免疫チェックポイント阻害薬で効果判定を急ぎすぎると、せっかく有効なのに早期に治療を中止してしまう可能性があります。
 
〇過大評価の問題
 RECIST効果判定では、「ベースライン(治療開始前)径和に比して、標的病変の径和が30%以上減少したら奏効と判定する」、「(治療)経過中の最小の径和(ベースライン径和が経過中の最小値である場合、これを最小の径和とする)に比して、標的病変の径和が20%以上増加、かつ径和が絶対値でも5mm以上増加したら病勢進行と判定する」という規定が存在します。
 よく言われることですが、100mmあった病巣が、治療により10mmまで縮小し奏効と判定され、その後20mmまで増大したら、RECIST規定上はその時点で病勢進行と判定されます。
 治療開始前からすれば1/5まで病巣が縮小した状態を保っているのですが、最も病巣が縮小した時点を基準とすれば病巣は2倍に増大しています。 
 100mmから10mmまで縮小するのに1ヶ月、その後20mmまで増大するのに3年かかったとしても、RECIST効果判定上は病勢進行です。
 この時点で治療をやめるのは誰が考えてもナンセンスだと思うのですが、ここまで極端でないにしても、似たようなことは実臨床で行われている可能性があります。
 100mmあった病巣が、治療により70mmまで縮小し奏効と判定され、そこから84mmまで増大してもやはり病勢進行です。
 この場合も、治療開始前より腫瘍が縮小しているにもかかわらず、治療は変更されることになります。
 RECIST効果判定に従う限り、一旦奏効と判定された後の病勢進行は過大評価されがちであることがお分かりいただけるかと思います。
 担当医がRECIST基準を忠実に守れば守るほどこうした悲劇の可能性が高くなるわけで、治療や評価を受ける患者さん・ご家族には、こうした背景を踏まえて、RECIST基準にとらわれない常識的な判断をして頂きたいと思います。
 
〇評価確定の問題
 RECIST効果判定においては、完全奏効や奏効の判定は、一定程度の腫瘍縮小が2回の効果判定にわたって連続的に確認されることで初めて確定します。
 一方、病勢進行は1回の効果判定で基準を満たせば直ちに確定です。
 今日の治療体系にあっては、患者さんの状態が安定している限りにおいて病勢進行の判断にも複数回の評価が望ましいと思います。
 
〇病理学的な確認の問題
 とくに新規病巣が出現した場合には要注意です。
 その病巣が転移巣とは限りません。
 実際に生検、病理診断してみたら単なる良性病変だった、ということはしばしばあります。
 次の治療を適切に選ぶ上でも、新規病巣が生検可能な部位にあるならば生検で確認するのが無難です。
 
 他にもまだ様々な問題があると思いますが、これらを踏まえると実地臨床においてはRECIST基準を厳密に守る必要はないと考えます。
 とはいえ、各担当医の主観に完全に委ねてしまうと、担当医間、診療施設間でのバラつきがあまりに大きくなってしまい、これはこれで都合が悪いです。
 RECISTはもともと化学療法の効果判定のために定められた性質が強いのですが、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬のような新しいメカニズムの治療が一般化している以上、もはやRECIST自体が現状に合わなくなっている感が強いです。
 実地臨床でも応用可能な効果判定基準の策定に向けて、見直しをすべき時期に来ているように思います。
 願わくば、患者の状態の代替指標として有効に機能する測定値の経過の追い方や、時間(縮小速度、増悪速度)の概念を新しい基準では盛り込んでほしいものです。
 
 
2)「病勢進行」後の治療をどのように考えるか
 病勢進行、と判定しても、その後の治療の考え方は千差万別です。
 ここでは、検討すべき項目を述べ、コメントを付すにとどめます。
 
〇考え得る治療
 往々にして、初期に行われる治療の方が効果が高く、二次、三次、四次治療と進むにつれて期待できる効果は薄れていきます。
 病巣が大きくなっているにしても、治療前に比べると増大スピードが緩やかになっているようであれば、敢えてその治療をできる限り続けるという戦略もあるでしょう。
 
〇年齢
 90代の患者に対し、分子標的薬が効かなくなったからと言って、安易に化学療法に切り替えるのが良いとは限りません。
 化学療法に切り替えるくらいなら、有害事象の軽い分子標的薬を使い続けて、それで効かなくなったら運命と思ってあきらめる、という患者さんは少なくありません。
 
〇体力(PS)
 言いたいことは年齢の項と同様です。
 
〇治療薬の種類
 点滴なのか、内服なのか。
 化学療法なのか、分子標的薬なのか、血管増殖因子阻害薬なのか、免疫チェックポイント阻害薬なのか。
 病勢進行後、次に使うとしたらどのような薬を想定しているのか。
 それぞれの要素によって、おのずと考え方は変わってきます。
 例えば、免疫チェックポイント阻害薬使用後に分子標的薬に切り替えるのは不可能ではありませんが、薬剤性肺障害のリスクを考えると勇気がいります。
 敢えて間に化学療法を挟んで免疫チェックポイント阻害薬の影響が薄れるのを待つというのも戦略としてあり得るでしょう。
 
〇脳転移による病勢進行
 遠隔転移の中でも、脳転移については特別視することが多いです。
 脳転移以外は病勢進行を認めない、というときは、脳転移巣のみ放射線治療で対処し、薬物療法は変更しないというのは、治療戦略として十分あり得ます。
 
 薬物療法の進歩とともに、病勢進行の判定、その後の治療計画策定は一筋縄ではいかなくなりました。
 とは言え、これは決して悪いことではありません。
 肌感覚としてかなりの確度を以て言えますが、担当医が「これはもういよいよ治療を変えなければまずい」とはっきり感じる場合を除いて、病勢進行時に急いで治療を変える必要はありません。
 そのくらい、肺がん領域における薬物療法は効果とその持続期間、安全性の両面から質が高くなっているように感じます。