beyond PD

昨夜は、製薬会社のテレビシンポジウムに参加してきました。

演者は産業医科大学第二外科教授の田中文啓先生でした。

ここ2年くらい、"beyond PD"という言葉がちらほら聞かれるようになりました。

ちゃんと表現するなら、" continue certain therapy beyond progressive disease"といったところでしょうか。

簡単に言うと、ある治療をしている途中にがんが進行しても、その治療を続ける、という概念です。

大腸がんの領域では、bevacizumabのbeyond PDが生命予後を改善することが昨年確認されました。

肺がんの領域では、gefitinibやerlotinibのbeyond PDにおける効果が期待されていて、複数の臨床試験が進行しています。

昨日の講演で、gefitinib / erlotinibのbeyond PD概念の発端となったと思われる文献を知ることが出来ました。

EGFR遺伝子、Exon20のT790M変異と今後の治療開発の展望について記載された文献です。

New strategies in overcoming acquired resistance to epidermal growth factor receptor tyrosine kinase inhibitors in lung cancer.

Oxnard GR, Arcila ME, Chmielecki J, Ladanyi M, Miller VA, Pao W.

Clin Cancer Res. 2011 Sep 1;17(17):5530-7.

EGFR感受性遺伝子変異を有していても、gefitinib / erlotinib開始から1年以内に病勢が進行する人が多いのですが、それでも同じ治療を継続する医療者/患者さんは相当数いるようです。

明らかに問題だと思うのですが、このところ「がんセンター」「呼吸器疾患センター」と名のつくような肺がん患者さんが集まる施設から「beyond PDにおけるgefitinib / erlotinib投与の有効性の検討」と称して、自施設で行った実地臨床のデータをまとめる発表を頻繁に目にします。

「PDを確認しておきながら、同じ治療をそのまま続けるのって普通じゃないけど、それをまとめて発表できるくらいに実地臨床でやってるの!?」と文句のひとつも言いたくなります。

本文献の中でも、「beyond PDでのgefitinib / erlotinib使用は標準治療とはいえないけれど、自分の施設では実地臨床としてやるようにしているし、そうすると50%生存期間は33ヶ月だった」と誇らしげに記載しています。

この数字は、EGFR遺伝子変異陽性患者を対象としたgefitinibの本邦第III相試験における生存期間中央値と同等であり、必ずしもbeyond PDの恩恵とは結論できないと思います。

ただ、以下の図表のコンセプトには、考えさせられるところがあります。

TKI resistant mechanism 130417

gefitinib / erlotinibに対する耐性化の頻度を示したものです。

1) Exon20, T790M and rare 2nd site mutation(60%)

2) MET amplification(4%)

3) small cell carcinoma transformation(6%)

4) unknown mechanism(30%)

と言う内訳です。

残念なことに、1)2)については、gefitinib / erlotinib耐性化後の治療は未確立です。

afatinibは、LUX-Lung1試験において、all comersにおけるgefitinib / erlotinib治療後の有用性を証明できませんでした。

EGFR遺伝子変異を有する患者さんがgefitinib / erlotinib耐性となった後のafatinibの有用性については、まだ結論は出ていません。

MET amplificationに関する創薬もまだ実地臨床のレベルに達していません。

3)に関しては、もともとcombined small cell carcinomaだった患者さんで、生検ではsmall cell carcinomaの部分がたまたま取れていなくてEGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺癌と診断され、gefitinib / erlotinibが有効な細胞成分のみが死滅して、small cell carcinomaのみが残って増殖した、と考えた方が自然なように思います。

こういう現象がある以上は、病勢進行後の再生検は重要です。

次が、beyond PDでgefitinib / erlotinibを継続することの理論的根拠となる図です。

この考え方には大いに同意できますし、自分の患者さんにも思い当たる節があります。

beyond PD figure 130417

T790M遺伝子変異を有する耐性化がん細胞は、その他のがん細胞に比べると発育速度が遅い傾向にあるようです。

したがって、gefitinib / erlotinib使用中に病勢進行が見られても、その進行速度は比較的緩やかだと言えます。

一方で、病勢進行を確認したら直ちにgefitinib / erlotinibを中止、とすると、"Disease flare"という現象が見られることがあります。

腫瘍病巣の中には、T790Mを有するgefitinib / erlotinib耐性ながら緩やかに増殖する細胞集団と、gefitinib / erlotinib感受性ながら増殖速度は早い細胞集団が混じって存在しています。

gefitinib / erlotinib使用中は、感受性細胞集団は抑制されていて、全体としての発育速度は耐性細胞集団の性格を反映して緩やかです。

しかし、gefitinib / erlotinibを中止してしまうと、感受性細胞集団が勢いを盛り返し、全体としての発育速度は感受性細胞集団の性格を反映して早くなります。

「寝た子を起こしてしまった」状態です。

このDisease flareに関しては、以下の論文にまとめられていますが、gefitinib / erlotinib中止後disease flareを起こすまでの期間はわずか3-21日間であり、中枢神経病変(脳転移)や胸膜病変(悪性胸水)を有する患者ではflareを起こすリスクが高いと記載されています。

Disease flare 1 130417

Disease flare 2 130417

Disease flare after tyrosine kinase inhibitor discontinuation in patients with EGFR-mutant lung cancer and acquired resistance to erlotinib or gefitinib: implications for clinical trial design.

Chaft JE, Oxnard GR, Sima CS, Kris MG, Miller VA, Riely GJ.

Clin Cancer Res. 2011 Oct 1;17(19):6298-303

beyond PDの概念は、なにも分子標的薬だけでなく、細胞傷害性抗がん薬においても適応可能だと思います。

いくつも思い当たる経験があります。

もしこの概念が広く受け入れられ、臨床試験でその有用性が確認されたら、腫瘍の大きさや病勢の広がりが治療成功の評価基準である現在の治療戦略を見直すきっかけになるかもしれません。