Foundation One CDxのレポートに見るROS1融合遺伝子陽性肺がんの概略

 Foundation One CDxを発注し、ROS1融合遺伝子が検出されたが、そこに記された概略がとてもよくまとめられている。

 勉強になったので、書き残す。

<ROS1融合遺伝子>

 ROS1がん遺伝子は、いくつかのシグナル伝達系(ERK1/2, PI3K, AKT, STAT3, VAV3)を活性化することにより細胞の成長や分化を制御する役割を持つインシュリン受容体ファミリーに属するチロシンキナーゼをコードする。ROS1融合遺伝子はROS1がん遺伝子のキナーゼドメインであるexon 36-42を含んでおり、そのためにシグナル伝達系を活性化し、がん化を惹起する。ROS1融合遺伝子を有する非小細胞肺がん患者に対しては、クリゾチニブが有効である。

<ROS1融合遺伝子陽性肺がんの頻度、予後>

 ROS1遺伝子再構成 / 融合遺伝子は、非小細胞肺がん患者の1-2%に認められる。肺腺がんに限れば、1-3.4%の頻度とされる。CD74-ROS1融合遺伝子が全体の23-27%を占める。1,137人の肺腺がん患者を対象とした研究において、ROS1遺伝子再構成を有するIV期の患者14人は、その他の遺伝子変異を有するIV期の患者と比較して、全生存期間が有意に良好だった(生存期間中央値 36.7ヶ月)ことが示されている。本研究において、化学療法とクリゾチニブの両方の治療を受けたROS1遺伝子再構成陽性IV期患者の平均生存期間は5.3年だった。喫煙歴のない原発肺腺がん根治切除後の患者において、ALKやROS1の融合遺伝子が陽性であることは無病生存期間を有意に短縮する予後不良因子(ハザード比2.11)であるが、肺腺がんの患者がALK、ROS1、RETの融合キナーゼを有することは生命予後の改善と相関関係があり、他の予後因子と独立した予後良好因子だった。208人の喫煙経験のない原発肺腺がん患者を調査した研究で、7人(3.4%)のROS1融合遺伝子陽性の患者が含まれており、他の患者と比較してペメトレキセドで治療をすることにより高い奏効割合が期待でき(60% vs 8.5%, p=0.01)、無増悪生存期間も有意に長かった(未到達 vs 3.3ヶ月、p=0.008)。一方、ROS1融合遺伝子陽性の患者にEGFRチロシンキナーゼ阻害薬を使用した患者では、使用しないALK / ROS1融合遺伝子陽性患者に比べて有意に無増悪生存期間が短縮していた(2.5ヶ月 vs 7.8ヶ月, p=0.01)。

<ROS1融合遺伝子陽性肺がんに対する治療戦略>

 クリゾチニブ、エヌトレクチニブ、セリチニブ、ロルラチニブは、ROS1遺伝子再構成陽性非小細胞肺がんに対して統計学的に有意な臨床的有用性を示している。また、クリゾチニブやセリチニブによる治療後に耐性化した患者でも、brigatinibやcabozantinibによる治療で、臨床的有用性が示されている。repotrectinibを用いた2件の第I相試験において、チロシンキナーゼ阻害薬治療歴のないROS1遺伝子再構成陽性非小細胞肺がん患者における奏効割合は、80%、81.8%だった。一方で、チロシンキナーゼ阻害薬治療歴のある患者では、奏効割合は17.6%、38.9%と低かった。また、他の試験において、repotrectinibをチロシンキナーゼ阻害薬治療歴のある患者で使うと、治療歴のない患者に使った時と比べて、奏効持続期間が短縮する(10.2ヶ月 vs 未到達)ことも示されている。

 日本のROS1遺伝子再構成陽性非小細胞肺がん患者を対象に、新規化合物であるDS-6051bを用いて行われた第I相試験では、全コホートでの奏効割合は58.3%、病勢コントロール割合は100%と報告された。クリゾチニブ未治療の患者コホートでは、奏効割合は66.7%だった。クリゾチニブによる治療歴のある患者を対象にDS-6051bを用いた別の第I相試験では、奏効割合は33.3%、病勢コントロール割合は66.7%だった。

<クリゾチニブ>

 クリゾチニブはMET、ALK、ROS1、RONといったキナーゼを阻害する。ALK遺伝子再構成、ROS1遺伝子再構成を有する進行非小細胞肺がんに対し、米国食品医薬品局が承認済みである。

 クリゾチニブは、ALK遺伝子再構成陽性、ROS1遺伝子再構成陽性、NTRK1融合遺伝子陽性、あるいはMET活性化陽性の非小細胞肺がん患者に対する有用性が示されている。治療歴のあるROS1遺伝子再構成陽性非小細胞肺がんに対し、クリゾチニブでの治療を試みた第II相METROS試験では、奏効割合65%(患者数26人、完全奏効1人、部分奏効16人、病勢安定6人)、21か月間の経過観察期間の中にあって、無増悪生存期間中央値は22.8ヶ月、全生存期間中央値は未到達だった。同様に、第I相PROFILE1001試験においてROS1遺伝子再構成を有する非小細胞肺がん患者に対しクリゾチニブを使用したところ、奏効割合は72%(患者数53人、完全奏効6人、部分奏効32人、病勢安定10人)だった。c-MET増幅、c-MET遺伝子変異、あるいはROS1遺伝子再構成を有する患者を対象としたAcSe試験において、ROS1陽性患者にクリゾチニブを使用した際の奏効割合は67.6%(完全奏効1人、部分奏効24人)、病勢コントロール割合は86%だった。無悪生存期間中央値は5.5ヶ月、全生存期間中央値は17.2ヶ月だった。後方視的検討を行った研究では、ROS1遺伝子再構成陽性の肺癌がんに対してクリゾチニブを使用したところ奏効割合は80%、無増悪生存期間中央値は9.1ヶ月だった。

<セリチニブ>

 セリチニブは、ALK、ROS1、IR(インシュリンレセプター?)、IGF-1R(インシュリン様成長因子-1レセプター)といったキナーゼを阻害する。認可されたコンパニオン診断薬で診断されたALK遺伝子再構成陽性の進行非小細胞肺がんに対して、米国食品医薬品局が承認済みである。

 ROS1遺伝子再構成を有する非小細胞肺がんに対して有効性が示された第II相臨床試験に基づき、ROS1遺伝子再構成はセリチニブの効果予測因子となりうる。

 セリチニブは、ALK / ROS1遺伝子再構成陽性の非小細胞肺がん患者に対して恩恵をもたらすことが示されている。ROS1遺伝子再構成陽性の進行非小細胞肺がん患者を対象とした第II相試験において、クリゾチニブ治療歴のない患者に対しては、セリチニブは67%の奏効割合と、19.3ヶ月の無増悪生存期間中央値をもたらした。また、参加した患者全体の生存期間中央値は24ヶ月で、脳転移を有する患者ではその63%で脳転移巣の病勢コントロールが得られた。ALKもしくはROS1遺伝子再構成陽性の進行非小細胞肺がん患者を対象としたもう1件の第II相臨床試験では、奏効割合73%、病勢コントロール割合92%、無増悪生存期間中央値14.4ヶ月だった。クリゾチニブでの治療後に耐性となったROS1遺伝子再構成陽性非小細胞肺がん患者におけるセリチニブの効果については、データは限られており、かつ混沌としている。クリゾチニブの治療歴がある2人の患者を含むセリチニブの第II相試験において、どちらの患者でも効果は見られなかった。しかし、別の症例報告では、クリゾチニブによる治療後に病勢進行に至ったROS1遺伝子再構成陽性非小細胞肺がん患者に対してセリチニブを使用したところ、毒性により中止を余儀なくされるまでの8ヶ月間は部分奏効の状態が続き、その後セリチニブが再開されてからさらに17ヶ月は有効だったと報告されている。

<Brigatinib>

 BrigatinibはALK、ROS1、変異EGFRといったキナーゼを阻害する。ALK遺伝子再構成陽性の進行非小細胞肺がんで、クリゾチニブによる治療後耐性化した、もしくはクリゾチニブが毒性のために使用できない患者に対して、米国食品医薬品局が承認済みである。

 ROS1融合遺伝子陽性の非小細胞肺がん患者に対する臨床効果と、前臨床試験における有望な結果から、ROS1遺伝子再構成はBrigatinibの効果予測因子となりうる。

 Brigatinibはもともと、ALK遺伝子再構成陽性の非小細胞肺がんに対する治療として研究が進められてきた。Brigatinibはまた、ALK / ROS1 / EGFRに変異を有する肺がん以外の固形がんにおいて、17%の奏効割合を示した。ROS1遺伝子再構成陽性非小細胞肺がん患者で、クリゾチニブ、セリチニブの治療歴がある患者に対してBrigatinibを使用したところ、部分奏効が得られたという1例報告がある。また、ROS1遺伝子再構成陽性の非小細胞肺がん患者3人を対象にBrigatinibを使用したところ、クリゾチニブによる治療歴がある患者2人では効果が病勢安定もしくは病勢進行だったが、クリゾチニブの治療歴がない患者1人では21ヶ月以上にわたって部分奏効の状態が続いたという。

<ロルラチニブ>

 ロルラチニブはALKとROS1を治療標的としたチロシンキナーゼ阻害薬である。クリゾチニブ、アレクチニブ、セリチニブ使用後に病勢進行に至ったALK陽性進行非小細胞肺がん患者に対して、米国食品医薬品局が承認済みである。

 前臨床試験臨床試験の結果から、ROS1遺伝子再構成はロルラチニブの効果予測因子となりうる。

 ロルラチニブはもともと、ALKもしくはROS陽性の非小細胞肺がんに対して、既存のチロシンキナーゼ阻害薬への耐性化を克服するために開発が進められた薬である。非小細胞肺がんに対するロルラチニブの治療効果を検証した第I相臨床試験において、ROS1遺伝子再構成陽性患者に対する奏効割合は50%、奏効持続期間中央値は12ヶ月だった。続く第II相臨床試験では、クリゾチニブ治療歴のない患者での奏効割合は62%(完全奏効2人、部分奏効11人)、無増悪生存期間中央値は21ヶ月で、クリゾチニブ治療歴のある患者での奏効割合は35%(完全奏効2人、部分奏効12人)、無増悪生存期間中央値は8.5ヶ月だった。頭蓋内病変に対する効果は前治療に関わらず認められ、頭蓋内病変奏効割合はクリゾチニブ治療歴のない患者では64%(完全奏効5人、部分奏効2人)、クリゾチニブ治療歴のある患者では50%(完全奏効9人、部分奏効3人)だった。症例報告において、EZR-ROS1融合遺伝子陽性で、S1986Y/F変異を伴っていた進行非小細胞肺がん患者でもロルラチニブは有効だった。また、EZR-ROS1融合遺伝子陽性の原発肺腺がん患者で、クリゾチニブによる二次治療後に部分奏効となり、ロルラチニブによる三次治療後に血清CEA値が低下し続けている症例報告もある。

<エヌトレクチニブ>

 エヌトレクチニブはTRKA / TRKB / TRKC(NTRK1 / NTRK2 / NTRK3)、ROS1、ALKを治療標的とするチロシンキナーゼ阻害薬である。成人においては、ROS1陽性進行非小細胞肺がんとNTRK陽性の固形がんに対して米国食品医薬品局が承認済みである。

 非小細胞肺がんや各種固形がんを対象とした臨床試験の結果に基づき、ROS1遺伝子再構成はエヌトレクチニブの効果予測因子となりうる。

 ROS1阻害薬未治療のROS1融合遺伝子陽性非小細胞肺がんの患者を対象にエヌトレクチニブの効果を検証した第I相、第II相臨床試験の統合解析の結果から、奏効割合は77.4%(完全奏効3人を含む)、奏効持続期間中央値は24.6ヶ月、無増悪生存期間中央値は19.0ヶ月と報告された。脳転移のない患者での奏効割合は80%、脳転移のある患者での奏効割合は73.9%と同様であった。また、脳転移のある患者における頭蓋内病変奏効割合は50%だった。実地臨床における調査報告では、ROS1遺伝子再構成陽性非小細胞肺がん患者における無増悪生存期間中央値は、エヌトレクチニブで19.0ヶ月、クリゾチニブで8.5ヶ月だった。