・あれから20年も、この先10年も

 2020年11月のこと、ネット上に、米国の抗腫瘍薬開発のオピニオンリーダーから以下のようなコメントが寄せられていたので引用しました。

 かなり意訳してます。

 この20年は、私の社会人としてのキャリアとぴったり重なり、とても共感します。

 再掲します。

 

 

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Lung Cancer: Precision Therapies at the Forefront

By Suresh S. Ramalingam, MD, FACP, FASCO

November 10, 2020

 

 この20年間で、なんと大きな変化が起こったことだろうか。

 ECOG1594試験の結果は、2000年の米国臨床腫瘍学会年次総会のプレナリーセッションで報告された。進行非小細胞肺がん患者に対する初回治療として、4種のプラチナ併用化学療法はどれも同等の効果を示すとされた。各治療の奏効割合はおしなべて20%程度で、生存期間中央値はたった8ヶ月だった。その1年前、進行非小細胞肺がん患者のサルベージ療法(二次化学療法)としてドセタキセル単剤療法が薬事承認されたが、これは10%未満の奏効割合と8ヶ月程度の生存期間中央値という結果に基づいたものだった。

 当時は、進行非小細胞肺がんの患者に対して、そもそも薬物療法を提案するべきか否かという論争があった。肺がん患者に対して長期生存もしくは治癒の可能性があるとするなら、それは早期の段階で外科切除を行い、それにより確定診断がついたときだった。しかし、有効なスクリーニング手段がないため、早期に診断される肺がん患者は少なかった。

 最も楽観的な見通しを持っていた胸部腫瘍医でさえ、個別化医療により進行がんの患者が長期生存できるようになるモデルケースの役割を肺がんが担うようになると予測するのは難しかっただろう。肺がんによる死亡率は2013年以降というもの、年率3-6%ずつ減少しており、1991年以降の米国でがん死亡率が29%減少-この30年間でがん関連死亡者数が300万人減少-したことの主たる要因と考えられている。

 2020年だけでも、米国食品医薬品局は肺がんに対して9種の新規治療を承認した。そのうち4種(selpercatinib, pralsetinib, lurbinectedin, capmatinib)は初めて医薬品として承認された化学物質である。また3種は、既存の免疫チェックポイント阻害薬の新たな適応拡大だった。非小細胞肺がんの治療はここ数年で様変わりした。ほとんどの進行非小細胞肺がんの患者において、QoLを悪化させずに長期生存を目指すことは、現実的な治療目標になった。次世代シーケンサーによる分子標的の検索により、治療標的となり得る少なくとも7種の「分子ドライバー」の検出が可能になった。こうした分子標的薬を用いることにより、奏効割合は50-85%、無増悪生存期間中央値は10-25ヶ月は見積もられるようになった。

 個別化医療への第一歩は、上皮成長因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ阻害薬の開発と、治療感受性が活性化遺伝子変異と相関していることの発見だった。続いて、より高い有効性と、耐性化変異の克服のために、新世代のEGFR阻害薬が開発された。異常蛋白への特異性を増すことにより、EGFR阻害薬の安全性プロファイルが改善した。また、脳転移に対する効果が改善したこともまた、新世代のEGFR阻害薬開発の成功のためのキーポイントだった。

 2007年に、肺がん患者の一部でALK遺伝子再構成がドライバー遺伝子変異として働いていることが発見されたことは、もう一つの重要な節目だった。この発見からほとんど時を置かず、劇的な治療効果を示すALK阻害薬の評価がなされた。この患者集団において、6種の異なるALK阻害薬が強力な抗腫瘍活性を示し、生存期間中央値は5年を超える。

 最近では、KRAS G12Cがん遺伝子を直接の標的とした治療が有望な結果を残している。かつてKRAS遺伝子変異は治療標的期とはなりがたいと考えられていたが、新規の薬剤を用いると奏効割合は約32%に達することが分かった。また、抗体-薬物複合体を用いた治療により、HER2遺伝子変異陽性非小細胞肺がん患者では60%以上の奏効割合が、現在進行中の臨床試験で示されている。

 こうした諸々の治療により、プレシジョン・メディシンを達成するための標的分子の数は近い将来2ケタに達すると考えられ、我々が長い間渇望していた個別化医療に前進をもたらすだろう。

 また一方で、免疫チェックポイント阻害薬の開発もまた、肺がん治療の進歩のもう一つの節目と言える。現在、日々の実地臨床において5種の免疫チェックポイント阻害薬が使用されている。

 進行非小細胞肺がんの患者のうち約30%を占めるPD-L1高発現の患者に対して、ペンブロリズマブ単剤療法を行った際の5年生存割合は32%である。ここでもまた、バイオマーカーに基づいた治療選択が、免疫チェックポイント阻害薬単剤療法、もしくは免疫チェックポイント阻害薬と化学療法の併用療法による便益を最大化するのに役立っており、この治療戦略はPD-L1発現状態に依拠している。イピリムマブとニボルマブの併用療法は、免疫チェックポイント阻害薬同士の併用療法として、初めて化学療法を含まない形での併用療法として米国食品医薬品局に認可された。治療耐性化を克服するために、また免疫チェックポイント阻害薬療法による便益をさらに拡大するために、こうしたコンセプトの併用療法はこれから先も多く実地臨床に導入されることが望まれる。

 免疫チェックポイント阻害薬はまた、切除不能のIII期非小細胞肺がん患者への治療にもうまく組み込まれている。この患者集団においては、この20年で最初の大きな成果といってよく、化学放射線療法後のデュルバルマブ維持療法により、4年生存割合は約47%に達した。また、根治切除後の術後補助療法として免疫チェックポイント阻害薬の意義を検証する臨床試験が行われているが、結果の公表が強く待ち望まれている。

 こうした治療上の進歩を我々は祝福するべきだが、一方で我々は、ルーチンワークの負担増大、研究予算の縮小、(治療費の高騰により患者負担が大きくなってしまったがために)治療方針選択の主導権が規制当局や生命保険会社へのシフトといった逆境にも関わらず、この分野への関与を続ける研究者および医療チームのたゆまぬ努力と献身を決して忘れてはならない。同様に、こうした治療開発の成功は、肺がんに対する悲観的なマインドセットを変化させるために努力してきた患者やコミュニティーの代表者に負うところもまた大きい。

 これから10年間、我々の課題ははっきりしている。

1、効果的な喫煙規制政策を推し進めることにより肺癌罹患のリスクを低下させること、とりわけ、ティーンエイジャーへの電子たばこ利用増加に対して警鐘を鳴らすこと

2、肺がんの早期発見を促すため、ハイリスク集団に対するCT検診の適用を拡大すること、現在はこうした集団の5%以下にしか適用できていない

3、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬に対する耐性化克服のための新たな治療開発を推し進めること

4、微小転移や残存病変を検出するためのリキッドバイオプシー体制を実用化すること

5、人種等に起因する肺がん治療格差を理解して、その解消に取り組むこと

6、臨床試験への参加を促し、有望な発見を実地臨床へ持ち込む過程を加速すること