・周術期治療にまつわる現場の四方山話

 街中で、金木犀の馥郁たる香りが漂い始めました。

 1年の中でも、私が最も好きな時期のひとつです。

 

 先日、切除可能非小細胞肺がんに対する周術期がん薬物療法セミナーを視聴していて、興味深い話題があったので、感想を交えて書き残します。 

 術前ニボルマブ+プラチナ併用化学療法(CheckMate816)と術後アテゾリズマブ療法(IMPower010)に関連した内容で、このところ術前・術後治療がセットになった話題ばかりを記事にしていたので、1-2年ほどタイムスリップしたような感覚でした。

 しかし、この種の周術期治療を呼吸器外科医が実地臨床で進めるにあたり、とても大切な議論が行われていました。

 

〇 免疫チェックポイント阻害薬を用いた周術期治療を前提とするとき、系統的リンパ節郭清は妥当なのか?

 がん細胞が転移したリンパ節はともかくとして、転移のないリンパ節まで系統的に取り除くことは、果たして正しいことなのか、との議論があるようです。

 いまさら言うまでもなく、免疫チェックポイント阻害薬は免疫細胞によるがん免疫を強める薬です。

 リンパ節は、そうした免疫細胞の前線基地ですから、そこをわざわざ取り除くのは前線を放棄するのに等しいのではないか、というわけです。

 免疫チェックポイント阻害薬の効果は多少なりとも長期にわたり維持される、と考えられていますから、術後治療のみならず、術前治療にも関わる話題です。

 世界的に見て我が国の呼吸器外科医には、まじめにていねいに系統的リンパ節郭清を行う文化が根付いています。

 後世に残すべき「日本遺産」といってもいいくらいです。

 それだけに、免疫チェックポイント阻害薬を用いた周術期治療を前提として、系統的リンパ節郭清がおざなりにされるのは、あまりうれしくありません。

 

〇 術後経過観察中に免疫関連有害事象が発生したとき、呼吸器外科医は適切に管理できるのか?

 免疫チェックポイント阻害薬を用いた周術期治療が実地臨床に持ち込まれるからこその話題です。

 周術期のがん薬物療法を誰が担当するのかは、医療機関によって様々でしょう。

 呼吸器外科医が自ら行うこともあるでしょう。

 がん薬物療法だけは呼吸器内科医が行うこともあるでしょう。

 がん薬物療法だけを腫瘍内科医が行うこともあるでしょう。

 しかし、おそらく一連の治療が終わったあと、再発チェック目的の定期診療は、どの医療機関でも呼吸器外科医が行うのが一般的だと思います。

 術後の外来経過観察は、間隔が長くとられることが一般的です。

 3ヶ月だったり、6ヶ月だったり、1年ごとだったり、術後合併症の状況や再発リスクの大小で様々ですが、再発チェックが目的である以上は、2-6週間ごとに定期診療することはまずないでしょう。

 免疫関連有害事象の発生に気付いて、どの系統の臓器障害なのか見当をつけることさえできれば、分野ごとの専門診療科に相談すれば適切に管理できると思います。

 しかし、診療間隔が長く空くと、免疫関連有害事象に気付くチャンスは少なくなるわけで、進行・再発患者さんを診療する場合と比べると、発見が遅れがちになりそうです。

 かといって、そうした役割をかかりつけ医に委ねてしまうのは乱暴な気がします。

 

〇 免疫関連有害事象の治療としてステロイド長期内服が必要になるのは、術前療法よりも術後療法の方が頻度が高い

 CheckMate816試験に基づいた術前薬物療法の結果、ステロイド長期内服が必要になるのは5%程度だそうです。

 一方、IMpower010試験に基づいた術後薬物療法の結果、ステロイド長期内服が必要になるのは12-14%程度なのだとか。

 術前治療よりも術後治療の方が、長期管理が必要になる患者さんが2-3倍多くなるということです。

 ステロイド長期内服に伴う副作用管理まで考えると、実地診療に与えるインパクトの違いは大きそうです。