・第II相DeLLphi-301試験・・・BiTE抗体のtarlatamabと肺小細胞がん

 

 

 日本臨床腫瘍学会が認定するがん薬物療法専門医。

 メイワ・・・いや、アリガタイことに、専門医は5年に1回の頻度で資格更新の試験を受けることになっていて、今回も一所懸命勉強しました。

 そのため、完全にブログの更新を止めていました。

 私のようなデキが悪い専門医のことをしっかり思いやってくれる学会で、受験料の22,000円/回を支払えば、資格更新年の前年、当年、翌年の3回試験を受けるチャンスがあります。

 年を経るごとに必要な知識が増えていきますし、チャンスはできるだけ多いに越したことはありませんから、いつも前年から受けます。

 今回は2回目の更新で、初めてCBT(Computor Based Testing)形式での受験でした。

 博多は天神の雑居ビル内会場に現地集合し、40分ほどかけてこれでもかというくらい不正行為防止の指導を受けて(持ち込める私物はティッシュペーパー、ハンカチ、メガネ、目薬、顔写真入りの身分証明書くらいで、ハンカチはしっかり広げて表裏を見せるように求められました)、試験場に入ればひたすらマウスをカチカチクリックし続ける60分です。

 静謐な雰囲気の中、クリック音だけが鳴り続けます。

 そんなわけでようやく試験が終わったのですが、肺がん以外の分野ははっきりいって自信がありません。好成績を、とまでは望まないので、せめて人並みの成績がとれているように祈るばかりです。

 

 肺がんのみならず、腫瘍学全体を見渡すとき、いつも一歩先を行くのは白血病をはじめとする血液腫瘍の領域です。

 この領域は扱う病気が非常に多く、治療薬も多岐にわたり、勉強するたびに血液内科の先生は大変だなあと同情します。

 B細胞性急性リンパ性白血病治療薬にブリナツモマブという抗体薬がありまして、白血病細胞の表面に出ているCD19という蛋白質と、細胞障害性T細胞の表面に出ているCD3という蛋白質の両方にくっつく性質があり、白血病細胞と細胞障害性T細胞をくっつけてT細胞に攻撃させよう、という代物です。

 異なるふたつの蛋白質にくっつく性質を持たせた抗体を「二重特異性モノクローナル抗体(bispecific monoclonal antibody, BsMAb)」といいますが、くっつくふたつの蛋白質のうちひとつをCD3にし、細胞障害性T細胞にくっつくように設計したものを特に「二重特異性T細胞誘導抗体(Bispecific T-cell Engager, BiTE)」といいます。

 

二重特異性モノクローナル抗体 - Wikipedia

 

二重特異性T細胞誘導抗体 - Wikipedia

 

 ブリナツモマブはBiTEの一種であり、この種の薬としては嚆矢、というわけです。 

 我が国でも2018年09月から使えるようになっているのですが、1コースの治療に800万円近くかかるのだとか。

 

 こんな薬、肺がん領域で使うのはまだまだ先の話だろうなあ、と高を括っていたら、今年の欧州臨床腫瘍学会(ESMO)で小細胞がんの治療薬候補として、第II相試験であるDeLLPhi-301試験の結果が報告され、同時に論文発表されました。

 今年のESMOではこれからの実地診療を変え得る臨床試験結果がたくさん報告されているようで、試験が終わったらぼちぼち勉強しようかと思っていたのですが、小細胞肺がん領域で、全く新しいタイプの治療薬が、それも抗体薬物複合体のRova-Tがコケて闇に埋もれようとしていたDLL3標的治療がBiTEとして復活しようとしているドラマに少なからず心打たれて、勢いに任せてフライングで論文を読みました。・・・そんなことをしてるから試験で痛い目に合うんだって・・・、おっしゃる通りです。 

 

大分での肺がん診療:肺小細胞癌に対するRova-T療法 (junglekouen.com)

 

大分での肺がん診療:肺小細胞癌とDLL発現 (junglekouen.com)

 

 なお、進行肺小細胞がんに対するプラチナ併用化学療法後の二次治療としてのtarlatamabの意義を検証する第III相DeLLphi-304試験も、2023/05/31からすでに開始されています。

 

Study Details | Study Comparing Tarlatamab With Standard of Care Chemotherapy in Relapsed Small Cell Lung Cancer | ClinicalTrials.gov

 

 

 

Tarlatamab for Patients with Previously Treated Small-Cell Lung Cancer

 

Myung-Ju Ahn et al.
N Engl J Med. 2023 Oct 20. 
doi: 10.1056/NEJMoa2307980. 
Online ahead of print.

 

背景:

 tarlatamabはdelta-like ligand3蛋白とCD3蛋白を標的とした二重特異性T細胞誘導抗体(bispecific T-cell engager, BiTE)であり、既治療肺小細胞がん患者を対象とした第I相臨床試験で有望な抗腫瘍活性を示した。

 

方法:

 今回の第II相試験では、既治療肺小細胞がん患者を対象に、10mg/回あるいは100mg/回の投与量で2週間ごとにtarlatamabを経静脈投与し、抗腫瘍活性と安全性を評価した。主要評価項目はRECIST ver.1.1準拠、独立委員会判定による奏効割合とした。

 

結果:

 全体で220人の患者がtarlatamabを使用した。参加した患者の前治療歴中央値は2レジメンだった。抗腫瘍活性解析および生存解析の対象となった患者集団においては、10mg/回の患者群での追跡期間中央値は10.6ヶ月、100mg/回の患者群での追跡期間中央値は10.3ヶ月だった。奏効割合は、10mg/回の患者群では40%(97.5%信頼区間29-52)、100mg/回の患者群では32%(97.5%信頼区間21-44)だった。奏効が得られた患者において、少なくとも6ヶ月以上奏効が持続した患者の割合は59%(68人中40人)だった。データカットオフ時点で、10mg/回の患者群のうち55%(40人中22人)、100mg/回の患者群のうち57%(28人中16人)は奏効状態を維持していた。無増悪生存期間中央値は10mg/回の患者群で4.9ヶ月(95%信頼区間2.9-6.7)、100mg/回の患者群で3.9ヶ月(95%信頼区間2.6-4.4)だった。9ヶ月生存割合は10mg/回の患者群で68%、100mg/回の患者群で66%だった。頻度の高かった有害事象はサイトカイン放出症候群(10mg/回の患者群で51%、100mg/回の患者群で61%)、食欲不振(同29%、44%)、発熱(同35%、33%)だった。サイトカイン放出症候群は主に1コース目の治療で発生し、ほとんどはgrade1ないし2に留まっていた。grade3のサイトカイン放出症候群は10mg/回の患者群でより低頻度だった(同1%、6%)。治療関連有害事象のためにtarlatamabを中止した患者は少なかった(3%)。

 

結論:

 既治療肺小細胞がん患者に対する10mg/回、2週間ごとのtarlatamab投与は持続的腫瘍縮小を伴う抗腫瘍活性と、有望な生存期間延長効果を示した。安全性については既知の範囲に収まっていた。

 

本文より:

・tarlatamabは二重特異性T細胞誘導抗体(BiTE)の一種で、腫瘍組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility complex, MHC)class Iに依存することなく、delta-like ligand 3(DLL3)蛋白を発現するがん細胞に細胞障害性T細胞を向かわせる

・talratamabはがん細胞表面のDLL3蛋白と細胞障害性T細胞表面のCD3の双方に結合し、T細胞によるがん細胞融解を誘発する

・DLL3はNotchシグナル伝達系を阻害する蛋白で、正常細胞では細胞質内に留まっているが、小細胞がん細胞では細胞表面に露出する

・肺小細胞がん患者の85-94%でDLL3が発現しているとされる

・既治療肺小細胞がん患者を対象にしたtarlatamabの第I相試験では、奏効持続期間中央値が12.3ヶ月と有望な抗腫瘍効果を認めた

・今回のDeLLphi-301試験は、第II相、オープンラベル、国際共同試験であり、2レジメン以上の既治療進行肺小細胞がん患者を対象に、抗腫瘍効果、安全性、副作用プロファイル、tarlatamabの薬力学を評価するデザインとした

・本試験は3パートに区分して実施した

・パート1ではおよそ180人を対象に、tarlatamab投与量が異なる2群(10mg群、100mg群)に1:1の割合で無作為に割り付け、1回60分間で点滴投与した

・各群30人の患者が初回の効果判定を終えて奏効割合評価可能となったか、あるいはプロトコール治療開始から13週間の経過観察期間を経たか、どちらかを早く達成した段階で中間解析を計画した

・中間解析の段階で独立委員会がレビューし、パート2およびパート3では10mgあるいは100mgのどちらかの投与量を推奨することになっていたが、推奨投与量の検討期間中もパート1試験は継続した

・パート2では、推奨投与量の群のみ集積し、パート1部分と合わせてこの群が計100人に達するまで登録した

・パート3はパート2完了後の付随研究で、1コース目のtarlatamab投与後入院経過観察期間を、48時間から24時間に短縮することの安全性を評価する目的で行った

・どのパートでも、1コース目の1日目にtarlatamabを投与するにあたり、1mg/回から開始し、その後の8日目、15日目には10mg群では10mg、100mg群では100mgを投与した

・2コース目以降は、2週間ごとに各群の規定量を投与し、4週間で1コースとした

・試験治療は、病勢進行に至るまで継続した

・1コース目の1日目、8日目にはデキサメサゾン8mgを併用し、1コース目のtarlatamab投与のたび(1日目、8日目、15日目)に予防的な水分不可(生理食塩水1,000ml点滴静注)を行った。

・参加する患者は、プラチナ併用化学療法と、それ以外の少なくとも1レジメンの化学療法を施行済みであることを条件とした

・本試験に参加するにあたり、DLL3発現状態は問わなかった

・主要評価項目は奏効割合とした

・2021年12月から2023円05月までの期間に、17ヶ国56施設から222人の患者が集積された

・パート1では、176人が10mg群(88人)と100mg群(88人)に無作為割付された

・中間解析の結果、パート2およびパート3における推奨投与量は10mgとされ、パート2では12人が追加で10mg群に割り付けられ(10mg群が計100人になるまで追加された)、パート3では34人が新たに登録された

・2023/06/27のデータカットオフ時点で、治療継続期間中央値は10mg群で5.1ヶ月、100mg群で3.7ヶ月だった

・10mg群と比較して、100mg群の方が脳転移を有する患者が多く割り付けられていた(23人 vs 32人)

・パート1に参加した176人全員と、パート2に参加した12人全員がtarlatamabの抗腫瘍活性評価対象となった

・追跡期間中央値は10mg群で10.6ヶ月(95%信頼区間9.2-11.3)、100mg群で10.3ヶ月(95%信頼区間9.2-11.5)だった

・独立委員会判定による奏効割合は10mg群40%(97.5%信頼区間29-52)、100mg群32%(97.5%信頼区間21-44)だった

・無増悪生存期間中央値は10mg群で4.9ヶ月(95%信頼区間2.9-6.7)、100mg群で3.9ヶ月(95%信頼区間2.6-4.4)だった

・10mg群の6ヶ月生存割合は73%(95%信頼区間63-81)、9ヶ月生存割合は68%(95%信頼区間57-77)で、100mg群の6ヶ月生存割合は71%(95%信頼区間60-80)、9ヶ月生存割合は66%(95%信頼区間54-75)だった

・データカットオフ時点で存命だった患者は10mg群では57%、100mg群では51%で、全生存期間解析を行うには時期尚早だったが、10mg群の生存期間中央値は14.3ヶ月(95%信頼区間10.8-未到達)だった

・腫瘍組織の解析ができた157人(84%、うち10mg群83人(83%)、100mg群74人(84%))のうち、151人(96%)でDLL3発現を認めた

・DLL3発現を認めた患者、認めなかった患者、評価不能だった患者、いずれにおいてもtarlatamabによる奏効が確認された

・治療中に出現した有害事象のうち高頻度だったのは、サイトカイン放出症候群(10mg群で51%、100mg群で61%)、食欲低下(10mg群で29%、100mg群で44%)、発熱(10mg群で35%、100mg群で33%)、便秘(10mg群で27%、100mg群で25%)、貧血(10mg群で26%、100mg群で25%)

・grade3以上の有害事象は、10mg群の59%、100mg群の64%で認めた

・10mg群のうち1人は呼吸不全の有害事象で死亡した

・サイトカイン放出症候群の多くはgrade1/2(10mg群では133人中68人に発生し、うちgrade1は40人、grade2は27人、100mg群は87人中53人に発生し、うちgrade1は28人、grade2は20人)で、そのほとんどは1コース目のday1もしくはday8に発生していた

・サイトカイン放出症候群の症状は38度以上の発熱(97%)、血圧低下(20%)、低酸素症(17%)だった

・直近のtarlatamab投与からサイトカイン放出症候群発生までの期間中央値は13.1時間(四分位間7.8-27.4)だった

・サイトカイン放出症候群の症状持続期間中央値は4日間(四分位間2-6)だった

・サイトカイン放出症候群のほとんどは、アセトアミノフェン投与、静脈輸液、糖質コルチコイドの投与による支持療法で対処された

・免疫細胞関連神経毒性症候群(immune effector cell-associated neurotoxicity syndrome, ICANS)は、サイトカイン放出症候群で産生されたサイトカインが中枢神経に作用し発生するとされる

・ICANSや関連神経イベントは10mg群の11人(grade3以上はなし)、100mg群の24人(うち4人はgrade3以上)で確認された

・ICANSや関連神経イベントのほとんどは1コース目で発生し、tarlatamab投与から発症までの期間中央値は5日間だった

・ICANSの主な症状は混乱、注意障害、振戦、運動障害、脱力だった

・tarlatamabに対する自己免疫反応について評価した患者において、10mg群119人中4人、100mg群80人中3人で抗tarlatamab抗体が確認された

・抗tarlatamab中和抗体は確認されなかった

・抗tarlatamab抗体は薬物動態、抗腫瘍効果、安全性に影響を与えなかった

・現時点で進展型肺小細胞がん二次治療の標準とされているトポテカン(奏効割合17-24%、生存期間中央値6.3-7.8ヶ月9、lurbinectedin(奏効割合35%、生存期間中央値9.3ヶ月)と比較して、tarlatamabの奏効割合40%、生存期間中央値14.3ヶ月は有望であるといえる

・PD-L1阻害薬は進展型肺小細胞がんの標準治療の一部として確立しているが、その耐性機序としてがん細胞膜上のMHC class I分子のdown regulationが知られている

・tarlatamabはMHC class I非依存性に効果を発揮する(ので、PD-L1阻害薬耐性化後も効果が期待できる)

・既治療進展型小細胞がん患者を対象に、tarlatamab 10mg/回の隔週投与を標準治療と比較する第III相DeLLphi-304試験が現在進行中である