HER2はEGFRと同様、がん細胞の細胞膜表面にある膜タンパクで、チロシンキナーゼ活性を有しています。
抗HER2抗体であるTrastuzumabは、固形癌に対する抗体医薬の嚆矢として乳腺腫瘍の治療に導入されました。
以前、肺扁平上皮がんに関する研究をしていたころ、140名弱の患者さんを調べたところ、12人にHER2の発現が見られました。
HER2発現陽性の乳腺腫瘍でTrastuzumabの効果が見られるなら、HER2陽性の肺扁平上皮がんの患者さんにも使えるんじゃなかろうか、なんて漠然と考えていました。
時は流れ、肺がんの領域ではどちらかというと、特定の蛋白を発現しているかどうかよりも、特定の遺伝子変異があるかどうかが分子標的薬の効果を決める大きなfactorになっています。
HER2にも遺伝子変異が報告されており、以下の図に示すように、乳腺腫瘍以外にも大腸がんや肺がんでも認められます。
出典:Genomics-Driven Oncology: Framework for an Emerging Paradigm, Levi A. Garraway,J Clin Oncol 31. Published online ahead of print at www.jco.org on April 15, 2013.
以下は、HER2陽性肺がんについて記された文献です。
Lung Cancer That Harbors a HER2 Mutation:Epidemiologic Characteristics and Therapeutic Perspectives
Julien Mazie`res, Solange Peters, Benoit Lepage, Alexis B. Cortot, Fabrice Barlesi, Miche´le Beau-Faller,Benjamin Besse, He´le`ne Blons, Audrey Mansuet-Lupo, Thierry Urban, Denis Moro-Sibilot, Eric Dansin,Christos Chouaid, Marie Wislez, Joachim Diebold, Enriqueta Felip, Isabelle Rouquette, Julie D. Milia,and Oliver Gautschi
J Clin Oncol 31.Published online ahead of print at www.jco.org on April 22, 2013.
<背景>HER2遺伝子変異は、非小細胞肺癌の約2%に認められるが、HER2遺伝子変異陽性非小細胞肺癌の臨床経過について記載したデータはほとんどない。
<対象と方法>レトロスペクティブにHER遺伝子変異陽性(エクソン20のin-frame insertion)と診断された65人の非小細胞肺癌患者を同定し、臨床病理学的特徴、治療および患者の予後について解析した。
<結果>3,800人の非小細胞肺癌患者をスクリーニングし、65人(1.7%)のHER2遺伝子変異陽性患者を同定した。他のいわゆるドライバー遺伝子変異とはほとんど相互排他的で、1例のみHER2遺伝子変異とKRAS遺伝子変異が共存する患者がいた。患者の年齢中央値は60歳(31-86歳)で、女性(女性45人(69%)、男性20人)、非喫煙者(34人、52.3%)が多かった。組織型は全て腺がんで、半数は診断時点でIV期だった。IV期の患者では、16人の患者に対してなんらかのHER2標的治療がのべ22回行われていた。その結果、4人で病勢進行、7人で病勢安定、11人で部分奏効を認めた(奏効割合50%、病勢コントロール率82%)。Trastuzumabベースの治療(15人)では93%、afatinib(3人)では100%の病勢コントロールが得られたが、その他のHER2標的治療(3人)では治療反応性が見られなかった。HER2標的治療の無増悪生存期間は5.1ヶ月だった。stage I-IIIおよびstage IVの患者の生存期間中央値はそれぞれ89.6ヶ月と22.9ヶ月だった。
<結論>今回の検討はいまのところHER2陽性非小細胞肺癌に関する最も大規模なものと思われるが、肺腺がんにおけるHER2遺伝子変異検索の重要性を再認識させ、この患者群におけるHER2標的治療の効果を示唆していた。
一般のI-III期ないしIV期の非小細胞肺癌患者さんに比べると、生存期間はやや長い気がします。
これがHER2標的治療によりもたらされているのだとしたら、たとえ2%弱の頻度とはいえ、少なくともRETやROS1再構成と同列に扱われるべき患者群です。
他のがん種で現在利用可能な薬が肺がんにも利用できるのならば、crizotinibやvandetanibと同様に、検査・治療ともに前向きに検討すべきかもしれません。