2016年の年頭に、この1年は肺がん診療にとっては大きな転換点となるだろう、と記した気がする。
はたしてその通りになった。
TNM分類が改訂されたとか、肺癌取り扱い規約が改訂されたとか、そういったやや本質から離れた話題はこの際、措く。
今日、米国臨床腫瘍学会から届いた"2017 Clinical Cancer Advances - ASCO's 12th annual report on progress against cancer"がとても参考になったので、肺がんに関連した話題を書き残す。
治療上の進歩はさることながら、再生検、リキッドバイオプシー、PD-L1検索といった、診断過程に関わる話題が多く、明らかに例年と異なる。
診断作業だけをして肺がん薬物療法に関わらない一部の呼吸器内科医も、診断作業はしないけれど肺がん薬物療法には携わる一部の腫瘍内科医も、この肺がん診療過程の変革のうねりを敏感に捉えて協力し、実地診療に落とし込んでほしい。
少なくともこれらの検査は、全くのタイムラグなく、いま行える。
治療内容に直結するものばかりであり、遅滞は許されない。
それから、米国臨床腫瘍学会のこうした年次報告書に、我が国のJ-ALEX studyが一定の紙面をさいて取り上げられたことは、素直に嬉しかった。
1)がんの統計
・WHOは、世界中で新規にがんと診断される患者の数は、2012年の1400万人から、20年後には2200万人まで増えるだろうと試算している
・同じ期間に、がんに関連した死亡者数は70%増加するだろうとも試算している
・がん患者の5年生存割合は、1970年代は成人で50%、小児で62%だったが、今日では成人で68%、小児で81%まで向上した
2)IMMUNOTHERAPY 2.0
・米国臨床腫瘍学会は、免疫療法の領域におけるこの1年の目覚しい進展に対し、"Immunotherapy 2.0"と名付けた。
3)進行肺がんとPD-1/PD-L1阻害薬
・2012年には、全世界で180万人が新たに肺がんと診断された
・毎年、全世界で160万人が肺がんにより死亡しており、言い換えれば毎分3人が死亡していることになる
・肺がんの85%は非小細胞肺がんである
・標準化学療法による生存期間中央値は10ヶ月である
・PD-L1陽性の既治療進行非小細胞肺癌患者に対するPembrolizumabとDocetaxelの比較試験で、全生存期間はP群で10.4ヶ月、D群で8.5ヶ月だった
・PD-L1陽性細胞が50%以上の患者に限ると、P群で14.9ヶ月、D群で8.2ヶ月だった
・高度の有害事象は、P群の16%、D群の35%に見られた
・この結果により、Pembrolizumabの有効性もさることながら、PD-L1による治療効果予測についての議論に火がついた
→KEYNOTE-010, Herbst et al.,Lancet 387, 1540-1550, 2016
・PD-L1陽性細胞が50%以上の患者に限れば、未治療進行非小細胞肺癌患者であっても、Pembrolizumabがプラチナ併用化学療法を凌駕することが明らかになった
→KEYNOTE-024, Reck et al.,N Engl J Med 375, 1823-1833, 2016
・一方、Nivolumabは未治療進行非小細胞肺癌患者におけるプラチナ併用化学療法を凌駕できなかった
→CheckMate-026, Socinski et al., ESMO 2016, abst,#LBA7-PR
・もはや、進行非小細胞肺癌患者に対するPD-L1発現検索はルーチン検査である
・PD-L1高発現の患者では、化学療法よりも免疫療法の方がいい
・AtezorizumabはPD-L1阻害薬だが、既治療進行非小細胞肺癌患者を対象とした異なる2つの大規模臨床試験で、Docetaxelに対して全生存期間を延長することが明らかになった(12.6-13.8ヶ月 vs 9.6-9.7ヶ月)
→OAK trial, Rittmeyer et al., Lancet 389, 255-265, 2017
4)2015年11月から2016年10月までに米国食品医薬品局が新規承認あるいは適応追加した肺がんのおくすり・検査法
・Osimertinib(2015年11月)
EGFR T790M変異陽性の進行非小細胞肺癌に対して
・Necitumumab(2015年11月)
未治療進行肺扁平上皮癌に対して、シスプラチン+ジェムシタビン療法と併用で
・Alectinib(2015年12月)
Crizotinibによる治療後に病勢進行もしくは毒性中止に至ったALK融合遺伝子陽性非小細胞肺がんに対して
・Crizotinib(2016年3月)
ROS1融合遺伝子陽性の進行非小細胞肺癌に対して
・cobas法によるリキッド・バイオプシー(2016年6月)
進行非小細胞肺癌におけるEGFR Exon 19もしくはExon 21遺伝子変異を検出し、Erlotinibを使用する目的で
・Atezorizumab(2016年10月)
プラチナ併用化学療法後に病勢進行に至った既治療進行非小細胞肺癌に対して
5)ALK融合遺伝子陽性非小細胞肺がんとAlectinib
・ALK融合遺伝子陽性非小細胞肺がんは、全体の3-7%
・ALK融合遺伝子陽性非小細胞肺がんに対して、米国食品医薬品局がCrizotinibを承認したのが2011年
・Crizotinib耐性化後の治療が課題だった
・Alectinibに関する初期の臨床試験では、全体の48%で腫瘍縮小効果が得られ、奏効持続期間は13.5ヶ月だった
・脳転移を有する患者の実に75%で、Alectinib投与により脳転移巣が縮小した
・ALK融合遺伝子陽性の未治療進行非小細胞肺癌患者を対象に、AlectinibとCrizotinibの治療効果を比較したJ-ALEX試験において、A群では92%、C群では79%の奏効割合を示し、Alectinibは66%の増悪リスク抑制効果を示した
→J-ALEX Study, Nokihara et al., J Clin Oncol 34, 2016(suppl; ASCO 2016 Abst #9008)
6)Looking to the Future・・・LIQUID BIOPSY
・これまでは、血液から腫瘍の情報を得るにあたって、腫瘍マーカーがよく用いられてきた
・この15年、循環血中腫瘍細胞(circulating tumor cells)に関する報告がしばしばあった
・最近では、循環血中腫瘍DNA(cell-free tumor DNA, ctDNA)がよく取り沙汰される
・ctDNAを使って腫瘍の解析をすることをliquid biopsyという
・liquid biopsyにより簡便に全身の腫瘍量、腫瘍の遺伝子型、表現型を経時的に把握することができる
・通常の組織生検では、生検をした部位の腫瘍情報しか得られない
・腫瘍の時間的・空間的多様性を考えると、ある時点で、ある部位から行った生検により得た腫瘍情報が、その患者全身の腫瘍情報を反映しているとは限らない
・liquid biopsyにより、患者全体の腫瘍情報を捉えることができるかもしれない
・しかし、これまでのところは、通常生検で得られた遺伝子異常がliquid biopsyで検出できなかった事例もしばしば報告されている
・liquid biopsyは、既にEGFR遺伝子変異、EGFR T790M耐性変異の検出法として実用化されている
・cobas法以外にも、BEAMing法やdigital PCRといった高感度検出法も開発されている
・EGFR以外に、BRAF、KRAS、ALK、RET、ROS1変異も94-100%の検出力で検出することができる
7)その他
・BRAF V600E変異陽性非小細胞肺がんに対するDabrafenib+Trametinibの第II相試験
→Planchard et al., Lancet Oncol 17, 642-650, 2016
・再燃小細胞肺がんとRovalpituzumab tesrine(Rova-T)
→Rudin et al., ASCO 2016, abst #LBA8505
・MET exon 14 skipping mutation陽性進行非小細胞肺がんとCrizotinib
→Drilon et al., ASCO 2016, abst #108
→Shea et al., J Thorac Oncol 11, e81-82, 2016
・転移巣の少ない進行非小細胞肺癌に対する局所制御療法と薬物療法の併用に関する第II相試験
→Gomez et al., ASCO 2016 abst #9004
・外科治療や定位脳照射の適応がない脳転移を有する進行非小細胞肺がん患者に対する全脳照射をするかしないかの第III相比較試験(QUARTZ試験)
→Mulvenna et al., Lancet 388, 2004-2014, 2016