毎年年度末から年度初めにかけて、学会地方会や各種の講演会が集中する傾向があります。
たまたまnintedanibのことをうかがう機会が重なったので、忘れないうちにちょっとまとめます。
nintedanibはPDGF-R, FGF-R, VEGF-Rの各ファミリーを阻害するマルチキナーゼ阻害薬です。
特発性肺線維症、原発性肺がんの治療薬として開発が進みました。
特発性肺線維症に対しては、第II相試験であるTOMORROW試験、第III相試験であるINPULSIS-1, 2試験の結果が報告されています。
Richeldi et al, N Engl J Med 365, 1079-1087, 2011
Richeldi et al, N Engl J Med 370, 2071-2082, 2014
どの試験においても、nintedanibを使用すると努力性肺活量の年間減少量が90-120ml/年程度少なくてすむことが明らかにされています。
どのように生命予後に寄与するかはまだわかっていません。
一方で、原発性肺がんに対しては、LUME-Lung 1試験が報告されています。
Reck et al, Lancet Oncol, 15, 143-155, 2014
既治療の非小細胞肺がんに対して、nintedanib+docetaxel併用群とdocetaxel単独群を比較したところ、主要評価項目である無増悪生存期間が有意に改善(3.4ヶ月vs2.7ヶ月、ハザード比0.79, p=0.0019)しました。
全生存期間を腺がんに限って解析するとこれも併用群で有意に改善(12.6ヶ月vs10.3ヶ月、ハザード比0.83、p=0.0359)しました。
しかし、これらの試験結果を受けてわが国ではどのように動いているかというと、特発性肺線維症に対しては既にnintedanibが使用可能となり、原発性肺がんに対しては実地臨床への導入予定はまったく立っていません。
聞くところによると、nintedanib+docetaxel併用療法を非小細胞肺がんの二次治療としてわが国で検証する予定自体がまったく立っていないようです。
理由は定かではありませんが、このところ二次治療のsettingにおいて、免疫チェックポイント阻害薬がdocetaxelを凌駕する結果が次々に報告されており、nintedanib+docetaxel療法を開発する意義が薄れているのかもしれません。
とはいえ、有害事象やコスト面での競争力があれば、治療のオプションは多いほうがいいと思うのですが。
VEGF-Rを阻害する一方でbevacizumabよりは毒性の軽いnintedanibは、EGFR-TKIと併用してみても面白いような気がしますし、脳転移や胸水・腹水貯留を伴う患者さんには向いていそうですけどね。
それでは、各講演会での備忘録です。
<特発性肺線維症に対する新たな治療戦略> 2016年3月8日
・特発性肺線維症と職業の関連性
金属加工業、木材加工業、塗装業、クリーニング業、理髪業の従事者に多い(岩井、1994)
・特発性肺線維症と胃食道逆流の関連性
Lee et al, Am J Respir Crit Care Med. 184(12), 1390-1394, 2011
Tcherakian et al, Thorax, 66(3), 226-231, 2011
→左右差のある特発性肺線維症では胃食道逆流を伴うことが多く、右優位であり、急性増悪も多い
・特発性肺線維症は多様な集団である(まだ細分類される余地がある)
・N-アセチルシステイン吸入療法はわが国では第一選択の治療法である。
・海外ではN-アセチルシステイン療法の有効性は否定されている(PANTHER trial)が、こちらは内服療法である。
・N-アセチルシステイン+pirfenidone併用療法の臨床試験が国内で進行中である。
・pirfenidoneの治療標的分子はいまだに不明である。
・TNF-α産生抑制作用が知られている。
・CAPACITY 1,2 study
・ASCEND study
・nintedanibのINPULSIS-1,2試験には日本から126人(全体の12%)が参加しており、米国、フランスについで第3位の参加率
・日本人は急性増悪をきたしやすい
・努力性肺活量>70%の患者を対象とすれば、nintedanibを使用すると有意に急性増悪が減少する。
・pirfenidone+nintedanib併用療法に関する報告が既に論文化されている。
→Ogura et al, Eur Respir J. 45(5):1382-92, 2015
・開発中の特発性肺線維症治療薬
→QAX-576(抗IL-13モノクローナル抗体)
→CNTO-888(抗CCL-2抗体)
→STX-100
<分子標的薬時代の肺がん治療戦略>2016年3月18日
本講演の演者の先生は、間質性肺炎を伴う切除可能非小細胞肺がんの患者さんに対して周術期にpirfenidoneを使用するPEOPLE studyにおいて主導的な役割を果たされ、自施設における結果をいち早く論文化されました。
論文化の過程には個人的に思うところはありましたが、少なくともこの領域に関心を持っている呼吸器外科医であることは間違いありません。
治癒不能非小細胞肺がんに対するnintedanibの臨床開発が国内で滞っている今、間質性肺炎合併肺癌に対する周術期のnintedanib使用や、術後補助化学療法としてのnintedanib使用に関する開発余地はないのか伺ってみました。
少なくとも、pirfenidoneと同様の用途での臨床試験は思い描いていて、既に多施設共同でのプロトコールコンセプトは作成している、との回答でした。
pirfenidoneにせよnintedanibにせよ、特発性肺線維症に対しては、より早期に使用を開始したほうが患者さんのメリットにつながるとされています。
間質性肺炎合併肺癌の患者さんに対して、よりストレスなくpirfenidoneやnintedanibを開始できる環境を整えたいところです。