この記事にあるような火種は、日常診療のいたるところに潜んでいる。
ここで触れられている「画像診断書」は、正しくは放射線診断医が作成する「画像診断結果報告書」のことだと思われるが、この書類が出来上がるのは、場合によっては検査翌日以降になることもある。
夥しい数の検査に追い立てられて、放射線診断医は大変なのだ。
たとえば、呼吸器内科医が肺気腫の診療のためにCTを撮影した際、たまたま撮影範囲に入った肝臓に異常所見が隠れている、なんてことも無くはないだろう。
同様に、胸部大動脈解離に対して大動脈ステントを留置し、その経過観察のために撮影したCTで肺がんを思わせる影が見つかることも無くはないだろう。
「人間はみな自分の見たいものしか見ようとしない」というカエサルの言葉は、CTの画像を眺めるとき、とても腑に落ちる。
肺気腫を見ている呼吸器内科医の大部分は、あまり細かく腹部の所見を見ない。
見落としのリスクは高いだろう。
そこを補完してくれるのが、放射線診断医の画像診断結果報告書だ。
自分の眼力を過信せず、虚心坦懐に目を通すようにしたい。
<日本経済新聞2017年3月18日朝刊より>
某病院で肺がんの疑いがあると指摘された男性(2月に死亡)の画像診断書が約1年間放置された問題で、医療事故の遺族らで作る市民団体「患者の視点で医療安全を考える連絡協議会」が17日、厚生労働省に再発防止に取り組むように要請した。
男性は2015年10月に受けたコンピューター断層撮影装置(CT)検査で肺がんの疑いがあるとされた。だが、主治医は画像診断書を十分に確認せず肺がんの疑いがある事実を見落とした。昨年10月の再入院で肺がんと判明するまで治療がなされず、男性は2月に亡くなった。同病院もミスを認めている。
要請後に記者会見した連絡協議会のメンバーは、
「医療従事者は、見落としなどのケアレスミスが重大事故につながるということを肝に銘じ、医療安全に対する意識を高めて共有してほしい」
と強調した。
男性の長男も会見に同席し、
「遺族を社会的に支援する枠組みも必要」
と主張。男性は05年に別の病院で点滴用カテーテルの誤挿入後に妻を亡くしており、長男は、
「両親の犠牲を無駄にしないためにも、単純な医療ミスをなくすための取り組みを強化してもらいたい」
と語った。