・レントゲン撮影とCT撮影

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 数ヶ月にも及ぶ卒業試験を乗り越え。

 国家試験をクリアして医師免許を取得し。

 右も左もわからぬままに初期研修を終え。

 そして、自分の臓器別専門分野として呼吸器内科を選んだのは。

 こんなことを申し上げると怒られるかもしれませんが、一貫して消去法でした。

 

 私が医師を志した直接の動機は、高校3年生の時の初夏に、叔母を胆管がんで亡くしたことでした。

 そのため、医師になれたらまずは一般内科系、あるいは一般外科系を自分の専門分野として選ぼうと決めていました。

 学生実習のとき外科手術に立ち会い、これは体力的に無理だと思いました。

 私の母校では、当時手術室ではみんな木製のサンダルを履いていました。

 そして、当たり前ですが長時間立ちっぱなし。

 足が痛い。

 腰がきしむ。

 中学時代の部活の影響で腰痛持ちの私には、生業としてこの業務をこなし続けるのは想像できませんでした。

 そんなわけで、医学部卒業直前に考えていたのは消化器内科、呼吸器内科、循環器内科の三択でした。

 それぞれの診療科の説明会に参加したのですが、循環器内科の先生方は、

 「循環器内科はとにかくやりがいがある」

 「狭心症心筋梗塞でいつ呼び出しがかかるか知れないが、昼夜を問わず患者を救ってこそ我々の存在意義がある」

というワーカホリックな方ばかりで、この世界に身を投じると人並みな家庭は築けないな、そもそもがん診療には関われないな、と感じて選択肢から外しました。

 消化器内科と呼吸器内科は最後まで選びきれず、両方の選択肢がある診療科に入局しました。

 初期研修で両方の業務を経験し、最終的にはロールモデルとして尊敬できる先生が多かった呼吸器内科を選びました。

 

 私の実家は医療とは何の関わりもない家庭だったので、医師=胸部レントゲンを読める人、といった変な先入観があったのも、呼吸器内科を選んだ理由のひとつかもしれません。

 

 前置きが長くなりました。

 私よりも上の世代は、胸部レントゲン読影という作業自体に特別な思い入れを持つ呼吸器内科医が少なくないはずです。

 胸部レントゲン読影は、一定の作法に従って進める謎解きを進め、自分の背負っている臨床経験をもとに、想像力を膨らませて病態に迫っていくようなところがあります。

 宗教的・社会的背景を踏まえつつ、絵画を鑑賞してそこに秘められた寓意を紐解くようなものです。

 胸部レントゲン読影の学習者にとって、今はとても恵まれた時代です。

 初期研修を提供する医療機関ならばおそらくどこでも、電子カルテを用いて胸部レントゲンと高分解能CTを同時に閲覧できるはずだからです。

 胸部レントゲンを読影して、その答えをすぐにCT画像として確認することができます。

 たいていの場合、CT画像には放射線読影医の模範回答まで付いてきます。

 CTがなく、胸部レントゲンもフィルムでしか見ることができなかった時代からすると、完全に別次元と言っていいでしょう。

 場合によっては、胸部レントゲン、CT画像のみならず、病理の顕微鏡画像まで電子カルテ上で閲覧できる施設もあるかも知れません。

 また、レントゲンやCTのデータ保存規格が統一されているため、他の医療機関で撮影された画像を自施設の電子カルテで見ることが当たり前にできます。

 これは非常にありがたいことで、高品質の画像が撮影されている限りは、別々の医療機関で繰り返し放射線画像を撮影する事態を避けることができます。

 レントゲン被曝軽減の点でも、医療費削減の点でも、素晴らしいことです。

 

 一方、技術の進歩、そして呼吸器内科医以外が肺がん内科診療を行うようになったことにより、胸部レントゲンの位置づけが変わってきているような気もします。

 私の世代では考えられないことですが、呼吸器内科に入院してきた患者さんが、入院中にただの1枚も胸部レントゲンを撮影せずに退院していくような、そんなことをしても上司に叱責されないような時代になってきたようです。

 私が研修医時代に同じことをしていたら、教授への新患紹介の際に提示する資料がなく、上司とともに途方に暮れてしまったことでしょう。

 肺がん薬物療法中の経過観察も、CTを撮影すれば十分情報が得られるということで、長期間にわたってレントゲンが撮影されずCTのみが記録に残っている、ということもしばしばです。

 

 しかし、私自身は、胸部レントゲンは血液検査と同様に定期検査として欠かせないものであり、CTは有事の際、あるいは3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月といった間隔を置きながらの定期検査として行うべきものと捉えています。

 胸部レントゲンには、

・1枚の画像で胸部全体を概観できる

・おおむねどの医療機関でも撮影可能

・被曝が少ない

・時間がかからない

・立位、座位で撮影できる

といったメリットがあります。

 そして、CTを撮影する際には必ず同時に胸部レントゲンを撮影するようにしています。

 そうすることで、CTでこういう所見があるときには、胸部レントゲンではこういう所見として反映されているんだな、と確認することができ、のちに胸部レントゲンのみを撮影した際にも、病状経過を推し量るために確認すべきポイントを絞り込んでおくことができます。

 胸部レントゲンは基本的な検査、CTは精密検査という位置づけが一般的であり、保険診療上も胸部レントゲンを撮影せずにCTのみ撮影していると、不適切な診療として医療機関に診療報酬が支払われないことがままあります。

 とはいえ、肺微細結節など、明らかにCTでないと指摘できない、定期経過観察できないという病変もあるため、時と場合によってはCTのみでの定期経過観察が妥当な場合もあります。

 ケースバイケースと言ってしまえばそれまでですが、レントゲンとCTを療法撮影するのなら患者さんとご家族に、CTのみを撮影するのなら診療報酬審査会に、それぞれの妥当性を丁寧に説明しなければなりません。