・超高齢の肺がん患者さんが妻に先立たれたら

f:id:tak-OHP:20220401110950j:plain

 気持ちの整理がつきません。

 

 90代の男性、肺がん患者さんです。

 右肺に腫瘤影があり、本人・家族と相談の末、気管支鏡検査をすることになりました。

 診断はついたのですが、気管支鏡検査直後に心肺停止に陥り、救命措置を行いました。

 救命はできたのですが、もともと心不全がある上に、心マッサージによる多発肋骨骨折を伴い、治療は困難を極めました。

 状態が改善して、人工呼吸器を離脱して、状態が悪くなってまた人工呼吸を開始して、また離脱。

 その後、再度呼吸状態が悪化してからは、家族と申し合わせの末、マスク式人工呼吸器で凌ぐことになりました。

 並行して心不全の治療を増強し、胸腔ドレーンを挿入し、どうにか急場を乗り越え、心停止から2ヶ月経ってようやくリハビリを開始することができました。

 

 ここまでの経過で、かなり罪の意識にさいなまれました。

 そもそも、基礎疾患を多数抱えた90代の男性に、肺がん確定診断のためとはいえ、気管支鏡をするべきだったのでしょうか。

 もともとの全身状態や年齢を考えると、積極的な治療の適応はなく、肺がんと診断しても臨床的な意味はなかったのではないでしょうか。

 治療の適応のない肺がん患者に、検査直後に起こった予測不能の合併症とはいえ、人工呼吸管理をすべきだったのでしょうか。

 リハビリをしてももとの生活までには回復が望めない見通しで、結局自分は担当医としてこの人に何ができたのでしょうか。

 

 以前も触れたことがありますが、目の前の患者さんに検査をするべきか、治療をするべきか、我々は「適応」を常に真剣に考えなければなりません。

 一度やってしまったら後には引けません。

 覆水は決して盆には返らないのです。

 

 そんな中、いつも外来に一緒に来ていた、慢性心房細動、慢性腎不全、貧血、両大腿骨頸部骨折後の同じく90代の奥さんが、ご家族の介助のもと、足しげく車椅子でお見舞いに来てくれていました。

 彼女が励ましてくれたからこそ、当の肺がん患者さんもつらい全身管理を乗り越えられたのでしょう。

 

 その奥さん、今朝がた通所リハビリテーションに出かける準備をしていたところ、自宅で転倒して、救急車で運ばれてきました。

 整形外科の診断は、右坐骨骨折です。

 安静目的で入院するので、内科的管理はよろしく、と依頼を受けました。

 

 定期外来受診時は、呼吸状態は安定していました。

 診察したところ、今日は明らかな低酸素血症を伴っています。

 調べてみると、急性心不全を併発しています。

 転倒するまではいつもと変りなかったとのことで、骨折の侵襲により心不全を併発したものと考え、治療を開始しました。

 

 夕方になって、仕事がひと段落したので帰ろうかとしていると、病棟スタッフから呼び出しを受けました。

 当の奥さんが気分不良を訴えているとのことです。

 診察を開始したところ、10分そこそこであっという間に心肺停止に陥りました。

 救急救命措置を施し、家族を呼び寄せました。

 いったんは自己心拍が再開したが、自発呼吸は停止したままで、入院中のご主人や息子さん・娘さんに見守られて、旅立ってしまいました。

 

 かかりつけの患者さんを急になくしたこと自体がつらいことなのですが・・・。

 残された肺がんのご主人に、これからどうやって接していけばいいのでしょう。

 肺がんによっていのちの期限を区切られた患者さんに、

 「奥さんの分まで長きしてくださいね」

とは言えません。

 なにせ、定期外来受診時から、

 「先生、この年になると、もう友達はみんな死んでしまって、話し相手もいないんです」

 「もう十分に生きました」

 「いつお迎えが来てもいいんですけどねえ」

というのが口癖だった患者さんです。

 友にも、妻にも、この年齢で先立たれ、治癒不能の肺がんを抱え、これからどのように生きる望みを持てばよいのでしょうか。

 

 なんという試練。