それほど頻繁には遭遇しないものの、遭遇したらすこぶる難渋する肺癌の合併症に、中枢気道狭窄がある。
気管や左右の主気管支が腫瘍によって狭くなり、呼吸困難を起こす。
主気管支が完全閉塞してしまえば、片側の肺がつぶれる「無気肺」を起こし、呼吸状態が悪くなる。
気管が閉塞してしまえば、肺への空気の供給が途絶えるため、実質的には「窒息」であり、死に至る。
最近、この中枢気道狭窄・閉塞にともなうエピソードがいくつかあったため、書き残す。
・90歳前後の高齢女性、EGFR遺伝子変異陽性腺癌の術後再発
初回診断からゆうに7−8年は経とうかという患者さん。
診断時は手術可能な病期だったため、気管支鏡診断の後に型のごとく肺葉切除+リンパ節郭清を行った。
その後、縦隔リンパ節転移、残肺転移で再発。
EGFR遺伝子変異陽性だったため、ゲフィチニブ内服でかなりの長期間コントロールできた。
病勢進行が確認され、再生検を行うもT790M変異は陰性。
化学療法は受けたくない、他のEGFR阻害薬もいらない、とのことで、そのままゲフィチニブを継続。
脳転移が出現し、ガンマナイフで治療。
つい最近になって、左主気管支領域への腫瘍進展により、左完全無気肺に陥った。
左肺門部への姑息的放射線照射により、左主気管支の再開通を図る予定になっている。
→中枢気道狭窄に対し、再開通を目的とした姑息的放射線照射は、比較的ポピュラーな方法だろう。
ただし、即効性は乏しいため、病状に余裕があるときに限られそう
・60代後半の男性、左主気管支原発の腺様嚢胞癌
某病院で診断がついた、左主気管支原発の腺様嚢胞癌。
診断後、治療方針が立たず、適切な治療が受けられる病院を捜し求めて転々とした末に、ようやくこれはという病院にたどり着いた。
幾度かにわたるレーザー焼灼と根治的放射線照射により、ようやく病状が落ち着いた。
引き続き、慎重に経過観察している。
・70代前半の女性、右肺上葉原発の中枢型肺扁平上皮癌
以前も触れたことがある患者なので、それまでの詳細は以下を参照。
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/d2017-06-09.html
喫煙経験者、扁平上皮癌、放射線治療後、TPS 50%と、免疫チェックポイント阻害薬が効く条件は揃っている。
一旦退院して、秋になるのを待って、ペンブロリズマブを使用するつもりでいた。
ところがどっこい、そう簡単にはこちらの思惑にはまらない。
なんとなく声が小さくなって、息遣いが荒いと思ったら、調べてみると原発巣が増大して、かなりの気管狭窄を来たしている。
気管支鏡が通るかどうかも怪しい。
こりゃいかん、パフォーマンス・ステータスが落ちる前に、早くペンブロリズマブを始めなければ、と考えるのは性急に過ぎる。
万が一pseudo-progressionを招いたら、逆に気道閉塞を助長してしまう。
そんなわけで、気管狭窄の対策を優先することにした。
だけど、放射線治療はもう使えない。
となると、次に考えるのはステント治療である。
腕っこきの呼吸器内科医は自分でステントを入れるが、私は自分ではしないことにしている。
卑怯だといわれようが、臆病だといわれようが、しない。
中枢気道狭窄に手を出すということは、失敗したら治療中に患者が窒息死する可能性もあるということだ。
だから、窒息しても死を回避できる(一時的に窒息に陥っても、対外循環で急場を凌げる)体制がなければ、安易にできない。
そんなわけで、こんなときにいつもお世話になっている近所の急性期病院の呼吸器外科の先生に泣きついて、その日の夜に相談に行った。
その病院は救急要請を断らないことをポリシーにしている病院だが、それでもここ最近は病棟がパンクしており、救急受け入れを泣く泣くストップしているとのことだった。
それでも、
「こりゃあ危ないね」
「ステントとベッドと人員が確保でき次第、こちらで引き取るよ」
とのことで、依頼からわずか2日後に受け入れていただけることになった。
デュモンステントかエアロステントを使うことになるだろうとのこと。
https://medicalnote.jp/contents/150819-000014-IUQKDN
肺癌の治療にはいろんな専門家のチーム医療が必要だが、ステント治療はそうした中でもかなりハードルが高いもののひとつだろう。
日頃薬物療法をしている内科医、呼吸器外科医もしくは気管支鏡専門医、麻酔科医、心臓血管外科医、循環器内科医、ステントを扱う業者さん、放射線科医あるいは放射線技師、手術部のスタッフ、などなどである。
首尾よくステント治療を乗り越えて、ペンブロリズマブで腫瘍が縮小して、今度はステント抜去のためにまたお願いしに行く日を心待ちにしようと思う。