・肺がんと過剰診断

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 N-NOSE。

 線虫を使って、15種類のがんを早期発見する技術の商業運用が始まりましたね。

 線虫が、尿に含まれるがん患者特有の物質をかぎ分けるそうです。

N-NOSE(エヌノーズ) | 尿1滴でわかる!線虫がん検査 N-NOSE®

 

 陽性なら、とりあえずどれかのがんである確率が85%程度あるそうです。

 尿一滴で検査ができるそうなので、

1)まず、がんにかかっているかどうかを本検査で調べる

2)陰性なら以上で終わり

3)陽性なら、15種類のうち、どのがんにかかっているのか、個別の検査を行う

という流れになるようです。

 価格は税込み12,500円です(2022年2月現在)。

 

 画期的な検査ですね。

 がんの早期発見のきっかけをつかむ、利用者さんにとっては身体的苦痛を伴わないありがたい検査です。

 これによって、がんの早期発見、早期治療につながるのではないかと、期待している人は多いのではないでしょうか。

 この検査が商用化されたことを知った私の親族が、数か月前に私や私の妻に頻りにこの検査を勧めていました。

 

 一方で、取り扱いが難しい検査だとも言えますね。

 陽性なら、85%程度の確率で、体のどこかにがんが隠れています。

 さあ、どうやってそのがんをあぶりだしましょうか。

 15種類のがんをくまなく調べるために、様々な検査を受けることになります。

 そして、結局なにも見つからなかったとき、真にがんがない、つまり、線虫検査の結果が偽陽性だったと、心から受け入れられるでしょうか。

 あるいは、精密検査の精度の問題で、正しく診断ができなかっただけだとして、答えを求めて延々と精密検査を受け続けるでしょうか。

 要は心の持ちようだと思うのですが、不安に駆り立てられやすい利用者さんにとっては、線虫検査は陽性だったが、精密検査を受けて結局何も見つからなかったというのは、胸をかきむしられるようにつらい出来事なのではないでしょうか。

 往々にして、こうした検査を自主的に受けるのは漠然とした健康不安を抱えている方が多いでしょうから、精密検査で何も見つからなかったときは、

 「どこかにがんが隠れている」

 「あの医者はヤブだから私のがんを見つけられないだけだ」

と、その後絶えず不安感に苛まれ、受診先を転々と変えては堂々巡りを繰り返し、かえって心を病んでしまうかもしれません。

 

 肺がんCT検診で微小な異常陰影を見つけて、それを手術して早期肺癌と診断できたとします。

 手術したことで患者さんが長生きできたのか、手術しなくても長生きできたのか、それはわかりません。

 実際のところ、非常にゆっくりした経過をとる肺がんというのは、存在します。

 それでも、早期肺がんを切除して非難されることは、ほとんどありません。

 誰もが、肺がんは死亡率の高い病気であり、治癒可能な治療があればするに越したことはないと考えるからです。

 

 検診の話題で、過剰診断の一例としてよく取り上げられるのは、韓国における甲状腺がんの取り扱いです。

韓国の教訓を福島に伝える――韓国における甲状腺がんの過剰診断と福島の甲状腺検査/Ahn hyeongsik教授・Lee Yongsik教授インタビュー / 服部美咲 - SYNODOS

 

 超音波検査で甲状腺がんの検診を大規模に行い、甲状腺がんが疑われる患者さんをできる限り手術したそうです。

 こうした取り組みで、韓国では甲状腺がんの罹患数が1993年から2011年までの約20年間で15倍に急増し、世界的な批判を招いたそうです。

 「韓国に行って道行く人の首を見てみてください、手術痕のある方がいかに多いかに驚かれると思います」

と、どこまで本当でどこまで冗談かわからない話を聞いたことがあります。

 ただ、こうした甲状腺がんの早期発見、早期治療により甲状腺がん患者の生存率が向上したかというと、そうではないそうです。

 検診による早期発見、早期治療の取り組みとして、韓国の甲状腺がんプロジェクトはうまくいかなかった例としてよく知られているらしく、この件を話題に挙げると韓国の先生方は苦い顔をされるそうです。

 しかし、ある医療介入が患者の利益につながらなかった、という事実をきちんと後世に伝えることは、とても勇気のいる、そして意義のあることだと、私は思います。

 間違いなく、甲状腺がん領域における我々の実地臨床に大きなインパクトを与える報告です。

 お隣の国でこうした国家的な取り組みが成され、きちんと国際的に報告されていることを我々は称賛すべきだし、大いに学ぶべきだと思います。

 

 肺がんCT検診による早期発見、早期手術も、ある種の早期腺がんにおいては同じようなことが言えるかもしれません。

 また、甲状腺がんや肺がん以外の領域でも同じような話はあるはずで、それぞれ慎重に考えなければなりません。

 日々高齢者を診療していて、私が最も危惧するのは、前立腺がんの診療です。

 前立腺特異抗原(PSA)検査により早期発見ができるようになったのはいいことなのですが、住民健診におけるPSAのスクリーニングは、もしかしたら甲状腺がんのエコー検査に通じるところがあるのではないでしょうか。

 

 さて、冒頭で触れたN-NOSE。

 今後は、膵がんをはじめとして、個別の臓器別がんをかぎ分ける線虫を開発する方向に発展しつつあるそうです。

 肺がん患者なら肺がんの線虫が、大腸がんなら大腸がんの線虫が反応する、となれば、もう少し精密検査の範囲を絞り込むことができて、真に有用な検査となるでしょう。

 

 検診や早期診断、過剰診断の話題になったとき、私は、「がん」という疾患の定義を考えさせられます。

 無治療で長期生存しうる病気を、いかに客観的診断根拠があるとはいえ、「がん」とか「悪性腫瘍」とかみだりに呼んでいいものでしょうか。

 そして、そうした病気の早期診断や早期治療に大量のお金や医療資源を投入していいものなのか、考えてしまいます。