新型コロナウイルス感染症対策として、サージカルマスクは有効なのか?

 2020/04/04の記事では、非感染性(論文では、塩化ナトリウムを含む微粒子と記載されていた)の人工微粒子をどの程度マスクが遮断できるかということで、ガーゼマスクは97%、医療用マスク(サージカルマスク)でさえも44%の人工微粒子を透過させてしまうと記載した。

http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e972744.html

 言い方を変えれば、ガーゼマスクの微粒子遮断効果はわずか3%、医療用マスクの遮断効果は56%と見ることもでき、その差は歴然である。

 

 では、44%の微粒子透過を許してしまうサージカルマスク、医学的(ウイルス学的)な見地から見れば、どの程度感染者からのウイルス粒子飛散を抑制することができるのか。

 それを検証したのが本報告である。

 NHKのニュースで取り扱われていたので、論文を検索して読んでみた。

 本試験は、WHO、香港大学ハーバード大学メリーランド大学の共同研究として、2013年の3月から2016年の5月にかけて、香港のある私立病院で、外来患者を対象に行われた。

 当初はインフルエンザ感染を主な対象として、試験後半ではその他のウイルスも対象として試験が行われ、少数ながらコロナウイルス感染症者も対象に含まれていたために、たまたま今回のCoVID-19 pandemicにfitする報告となった。

 今回の記事では、煩雑になるため細かい方法は記載しなかったが、試験参加者にはインフルエンザ迅速検査が無償で行われること、30分かかる呼気サンプル採取に協力したら1回あたり30$相当の商品券をもらえること、さらに参加者全員に20$相当の体温計が提供されることになっていたことなどが記されていた。結果として、サージカルマスクをしたときとしないときの2回のサンプル採取に1時間以上をかけて協力し、60$相当の商品券と20$相当の体温計を受け取った49人から得られたデータが、我々に最も示唆を与える結果を提供してくれることになった。

 少ないサンプル数での検討なのでどこまで信頼性、再現性が担保されるのかわからないが、ウイルスによってこれだけサージカルマスクの有効性が異なるのかと、いささか驚いた。

 コロナウイルス感染症患者にサージカルマスクを装着させた場合、今回の報告では完全にウイルス拡散を抑制できたわけであり、かなりのウイルス拡散抑制効果が期待できそうだ。

 一方、インフルエンザウイルスやライノウイルスのエアロゾルに対しては、サージカルマスクはあまり意味がないことも示されていた。

 また、咳症状のないコロナウイルス感染患者の飛沫サンプル、エアロゾルサンプルからはコロナウイルスは検出されなかったとのことだが、これは巷で言われているようなSARS-CoV-2の特性(無症状キャリアからも拡散しうる)とは異なる。

 SARS-CoV-2感染が確認され、咳症状を伴う患者にサージカルマスク着用を義務付けるのは必須といっていいが、咳症状を伴わない患者からウイルス拡散を抑止する目的で、あるいは一般健常者(中にはSARS-CoV-2キャリアも含む)が知らないうちにウイルスを拡散させることを防止する目的でサージカルマスクを着用するかどうかは、サージカルマスクの資源量とのトレード・オフとなる。

 いずれにせよ、サージカルマスク着用の目的は、自分を他者から拡散されるウイルスから守ることではない(少なくとも、そうした効果は科学的に検証されていない)ことは誰もが知っておくべきであり、絶対的にサージカルマスクが不足している現状では、感染者に対応している医療現場や、これから患者受け入れを開始する宿泊施設等へ優先的にサージカルマスクを供給するべきである。

 

Respiratory virus shedding in exhaled breath and efficacy of face masks

Nancy H. L. Leung. et al., Nat Med 2020

https://doi.org/10.1038/s41591-020-0843-2

 呼吸器系のウイルス感染症は、呼吸器ウイルス疾患、あるいは「風邪」とひとくくりに語られる症候群を引き起こす。こうした呼吸器ウイルス疾患はおしなべて軽症であることが多いが、ときに重篤・致死的になることもある。原因となるウイルスは、ヒト−ヒト間で直接・間接の接触、気道系飛沫(発生源から直ちに地面へ落下する比較的大きな飛沫から、直径>5μmの大きめのエアロゾル)、微粒子エアロゾル(直径≦5μmの飛沫・飛沫核)を介して広がっていく。接触感染を予防する目的での手指衛生、気道系飛沫を介しての感染を予防する目的でのマスク着用は、インフルエンザ拡散を緩和する対策として重要とされてきた一方で、他の呼吸器疾患ウイルスの拡散予防策としてどうなのかはあまり知られていない。このことは、CoVID-19に関しても同様である。

 いくつかの保健政策当局は、個々の患者から感染が広がることを予防するために、患者にマスクを着用させることを推奨している。医療現場で使用される、いわゆるサージカルマスクは、本来は外科医が患者の創部に細菌を持ち込まないようにするため、患者を術後感染合併症から守るための予防手段として現場に持ち込まれたものである。後に、患者から医療者への二次感染を予防する手段としても利用されるようになった。しかしながら、マスクの科学的有効性を検証した報告は、非感染性の飛沫をどの程度フィルターとして遮断できるかという物理的な実験に基づくものがほとんどであり、呼吸器疾患ウイルスを含む飛沫遮断策として有効かどうかまで一般化することは難しい。呼吸器疾患ウイルスの遮断効果、呼吸器感染症に罹患した患者からのウイルス拡散をどの程度医療用マスクが遮断するかについては情報が乏しく、それもインフルエンザウイルスに関する報告がほとんどである。

 今回は、コロナウイルス、インフルエンザウイルス、ライノウイルスについて、飛沫やエアロゾルが感染拡大にどの程度重要なのかを検証した。急性呼吸器ウイルス感染症に罹患した患者を対象として、その呼気中に含まれるウイルス量を測定し、サージカルマスクのウイルス拡散抑制効果を検討した。

 3,363人の患者をスクリーニングし、最終的に246人の患者を呼気サンプル提供者として登録した。122人(50%)は呼気サンプル採取時にサージカルマスクを着用しない群(非マスク群)とし、124人(50%)はサージカルマスクを着用する群(マスク群)とした。そのうち、49人(20%)の患者は、マスクを着用したとき、しなかったときの両方で呼気サンプルを採取させてくれた。

 RT-PCRにより、少なくとも1種類の呼吸器疾患ウイルスが同定されたのは246人中123人(50%)だった。そのうち111人(90%)は、季節性コロナウイルス17人、インフルエンザウイルス43人、ライノウイルス54人で占められており、その中にはコロナウイルスとインフルエンザウイルスの重複感染が1人、ライノウイルスとインフルエンザウイルスの重複感染が2人含まれていた。この111人が、今回の調査対象となった。

 この3種のウイルス感染症患者の間には、ちょっとした背景の違いがあった。全体の24%の患者で37.8℃以上の発熱を認めたが、コロナウイルス感染者とライノウイルス感染者の合計よりも、インフルエンザウイルス感染者の方が発熱患者が2倍以上多かった。コロナウイルス感染者は咳を伴うことが最も多く、30分間の呼気採取時間の間に平均17回咳をしていた。無作為化された非マスク群とマスク群の背景は同等だった。

 患者の鼻腔擦過サンプル、咽頭擦過サンプル、飛沫サンプル、エアロゾルサンプル中のウイルス量を測定した。飛沫サンプルとエアロゾルサンプルについてはマスクをした状態、あるいはしなかった状態で採取し、比較した。平均して、ウイルス量は咽頭擦過サンプルよりも鼻腔擦過サンプルの方が多かった(コロナウイルス:8.1 vs 3.9、インフルエンザウイルス:6.7 vs 4.0、ライノウイルス:6.8 vs 3.3、単位はlog10ウイルスコピー数)。ウイルスRNAは、飛沫サンプルあるいはエアロゾルサンプルにおいて、3種全てのウイルスで同定され、コロナウイルス、インフルエンザウイルス、ライノウイルスの順で述べると、マスクをしない状態では飛沫サンプルのそれぞれ30%、26%、28%で、エアロゾルサンプルのそれぞれ40%、35%、56%で検出された。

 コロナウイルスに関して言えば、OC43株とHKU1株は飛沫サンプル、エアロゾルサンプルの両方から検出されたが、NL63株はエアロゾルサンプルのみから検出され、飛沫サンプルからは検出されなかった。非マスク群の飛沫サンプル10件のうち3件(30%)から、エアロゾルサンプル10件のうち4件(40%)からウイルスが検出されたが、マスク群では飛沫サンプル、エアロゾルサンプルいずれからも全くウイルスは検出されなかった。統計学的には、サージカルマスク着用により、エアロゾルサンプルからのコロナウイルス検出を有意に抑えることができ(p=0.04)、飛沫サンプルからも抑制される傾向が見られた(p=0.07)。

 インフルエンザウイルスでは、非マスク群の飛沫サンプル23件のうち6件(26%)から、エアロゾルサンプル23件のうち8件(35%)からウイルスが検出されたが、マスク群のサンプルでは飛沫サンプル27件のうち1件(4%)から、エアロゾルサンプル27件のうち6件(22%)からウイルスが検出された。さらに言えば、非マスク群のエアロゾルサンプルからウイルスが検出された8件について、そのうちの5件ではウイルス培養を行い、そのうち4件で培養陽性となった。マスク群のエアロゾルサンプルからウイルスが検出された6件についても、そのうちの4件ではウイルス培養を行い、うち2件で培養陽性となった。統計学的には、サージカルマスク着用により飛沫サンプルからのインフルエンザウイルス検出を有意に抑えることができた(p=0.04)が、エアロゾルサンプルでは抑制できなかった(p=0.36)。

 ライノウイルスでは、非マスク群の飛沫サンプル32件のうち9件(28%)から、エアロゾルサンプル34件のうち19件(35%)からウイルスが検出されたが、マスク群のサンプルでは飛沫サンプル27件のうち6件(22%)から、エアロゾルサンプル32件のうち12件(38%)からウイルスが検出された。ライノウイルスに関して言えば、サージカルマスク着用の有用性は統計学的に認められなかった(飛沫サンプルでp=0.77、エアロゾルサンプルでp=0.15)。

 今回の研究に参加した246人のうち、72人(29%)は呼気サンプル採取の間、一度も咳をすることがなかった。このうち、コロナウイルスが検出された4人では、飛沫サンプル、エアロゾルサンプルのいずれからもコロナウイルスは検出されなかった。インフルエンザウイルスが検出された9人では、そのうち1人のエアロゾルサンプルからウイルスが検出され、飛沫サンプルからは検出されなかった。ライノウイルスが検出された17人では、そのうち3人では飛沫サンプルから、5人ではエアロゾルサンプルからウイルスが検出された。