EGFR遺伝子変異陽性の肺扁平上皮癌

ここ数年、わが国の肺癌診療ガイドラインは毎年更新されています。

NCCNガイドライン様に樹形図方式になり、臨床判断には便利です。

ただし、ガイドライン作成委員の先生方の考え方もあってか、やや"not evidence based"な部分が増えつつあるように感じることもあります。

私だけかもしれませんが。

FaceBook上でときどき若手から肺癌診療の相談を受けるのですが、今日は以下のような相談がありました。

扁平上皮癌に対するEGFRもしくはALK遺伝子変異検査はガイドライン上「必須ではない」と記載されていますが、陽性だったときにどう対応するかは全く記載されていません。

「74歳 ♂

扁平上皮癌StageⅣの方がおりまして、粟粒結核が鑑別にあがるような両側肺内多発メタがある患者さんなのですけど、呼吸不全を伴っていたので早めに治療をと思いまして、組織診断がつくや否やSq.だったのでCBDCA+nabPTXで治療を開始しましたところ、EGFR遺伝子変異ありの結果が返ってきました。

1コースCBDCA+nabPTXを行い呼吸不全状態を脱する改善をみせたのですが、どのタイミングでEGFR-TKIを使ったらよいものかと悩み中でして・・・。...

①1stラインPDとなったタイミング

②1stライン(4~6コース)終了時点

③1stライン終了後経過観察を行い、PDとなった時点

④奏功していても2コース目(明日からです)終了後

⑤EGFR-TKIは使わない

他にも選択肢があろうかとは思いますが。是非ご意見のほどお願いいたします。」

扁平上皮癌で両側肺内多発転移の形式を取るケースは、それほどありません。

また、腺癌で両側肺内多発転移の形式をとる場合、私の印象ではEGFR阻害薬が奏効する患者さんが多いような印象があります。

今回の患者さんは、もしかしたら原発巣の一部にEGFR遺伝子変異陽性の腺癌成分が混在していて、その成分が多発肺内転移を来たしたのかもしれません。

一般に、扁平上皮癌の患者さんにおいてEGFR遺伝子変異が見られる確率は1%程度と見積もられています。

2008年4月1日から2013年3月31日の間、私が出入りしていた大分大学病院、南海病院で新規に非小細胞肺癌と診断した206人のうち、EGFR遺伝子変異陽性だった扁平上皮癌患者さんは4人、頻度にして1.9%でした。

もっとも、2011年ごろからの趨勢が「頻度を考えると、扁平上皮癌におけるEGFR遺伝子変異検査は不要」との空気が国内では支配的だったので、そのころから扁平上皮癌と診断がついた時点でEGFR遺伝子変異検索を行う頻度がぐっと減っていました。

したがって、実際にはもう少し頻度が高いかもしれません。

また、EGFR遺伝子変異陽性の扁平上皮癌に関する文献は、それほど多くはありません。

手元にあったものを探ってみましたが、韓国の報告では20人中3人(6%)とのこと。

ただし、これは非小細胞肺癌と診断された患者に対する2ndもしくは3rd lineとしてgefitinibを投与する第II相臨床試験に参加した患者において、扁平上皮癌でありEGFR遺伝子変異を施行できた人20人を対象にした探索的検討であり、実地臨床とは異なります。

Epidermal Growth Factor Receptor Mutations and the Clinical

Outcome in Male Smokers with Squamous Cell Carcinoma of Lung.

Park SH et al, J Korean Med Sci 2009; 24: 448-52

また、EGFR遺伝子変異を有する非腺癌・非小細胞肺癌患者の統合解析では、腺癌の患者に比べるとgefitinibの奏効割合(27%vs66%, p=0.000028)、病勢コントロール割合(67-70%vs92-93%, p=0.000014)、無増悪生存期間(3.0ヶ月vs9.4ヶ月, p=0.0001)のいずれも有意に劣っていたと報告されています。

Efficacy of gefitinib for non-adenocarcinoma non-small-cell lung cancer patients harboring epidermal growth factor receptor mutations: a pooled analysis of published reports.

Shukuya T et al, Cancer Sci 2011; 102: 1032-7

EGFR遺伝子変異陽性である以上は、治療ライン上のどこかで一度はEGFR阻害薬を使用したい気持ちはありますが、間質性肺炎のリスクもありますので、腺癌に対する場合よりは慎重にならざるを得ません。

また、上記患者さんで現在施行中のCBDCA+nabPTXについてですが、CBDCA+PTXとの比較第III相試験において、プロトコール上は"Treatment of at least six cycles was encouraged but could continue in the

absence of progressive disease and unacceptable toxicity per the investigator’s

discretion."、すなわち、「少なくとも6コースの治療が推奨されるが、明らかな病勢進行や忍容不能の毒性がない限りは治療者の判断でそれ以降も継続できる」と規定しており、実際には30コースまで施行された患者さんもいたようです。

Weekly nab-Paclitaxel in Combination With Carboplatin

Versus Solvent-Based Paclitaxel Plus Carboplatin as

First-Line Therapy in Patients With Advanced Non–Small-Cell

Lung Cancer: Final Results of a Phase III Trial.

Socinski MA et al, J Clin Oncol 2012, 30, 2055-62

以上の事実とこの患者さんのCBDCA+nabPTXに対する反応性を踏まえて、以下のように回答しました。

「ご連絡ありがとうございます。手元に資料がなくて説得力に欠けるのですが、EGFR遺伝子変異が陽性であってもSqの場合、他の組織型に比べて効果が劣る、というのが一般的な見解です。効果が得られているのならCBDCA+nabPTXを継続するのは異論がないでしょう。いつまで続けるかですが、CBDCA+nabPTX vs CBDCA+PTX pIIIに関するSocinskiのJCOの論文を紐解くと(あとでブログに載せておきますので参照ください)、「最低6コースの投与が推奨されるが、PDになるまでは何コースやってもよい」との記載になっており、実際のところ各群ともに最大約30コースまで施行された患者がいます。先生の患者はどうか分かりませんが、僕のCBDCA+nabPTX投与中の患者は血液毒性はほぼ皆無で、神経毒性も全く起こっておらず、QOL維持という面では優れたレジメンだとの印象です。それに加えて、感受性遺伝子変異を有する患者ではどこかのラインで分子標的薬投与を、とする趨勢から考えると、①がよいのではないかと思います。ただ、74歳男性でSqとなると当然IP発症のリスクもあるでしょうし、PDになるまで現治療継続→PDとなったら分子標的薬に切り換え、となると、いわゆるtherapy holidayが全くなくて、患者はちょっときついかもしれません。そこは診療しながら調整するといいのではないかと思います。以上、参考になれば幸いです。」

 ガイドラインはあくまで「推奨事項」であり、エキスパートはその背景まで理解した上で、どの項目は遵守して、どの項目は自分なりの方法を貫く、と方向性を持たねばなりません。

 扁平上皮癌の患者にはEGFR遺伝子変異検査を行わなくてよいのか、ALKに関してはどうなのか、いま一度考えてみた方がいいかも知れません。