EGFRチロシンキナーゼ阻害薬による術後補助療法

 昨年の日本肺癌学会総会の抄録を整理していて、まだブログに記載していない話題が山のように残っていたことに気づきました。

 テーマは様々あるのですが、今日はEGFRチロシンキナーゼ阻害薬による術後補助療法について触れます。

 

 既に報告されている第III相試験の論文が2報あります。

 ひとつめは、IB-IIIA期の全ての完全切除後非小細胞肺癌患者さんを対象にして、gefitinibの有効性を検証したBR.19試験で、残念ながらというべきか、賢明にもというべきか、患者集積を試験途中で中止しています。

 ふたつめは、免疫染色もしくはFISHでEGFR発現もしくはEGFR増幅が確認された患者さんに対象を絞り込んで、Erlotinibの有効性を検証したRADIANT試験です。

 

 以下に、各論文の要旨を記載します。

Gefitinib Versus Placebo in Completely Resected Non?Small-Cell Lung Cancer: Results of the NCIC CTG BR19 Study

Glenwood D. Goss, Chris O’Callaghan, Ian Lorimer, Ming-Sound Tsao, Gregory A. Masters, James Jett, Martin J. Edelman, Rogerio Lilenbaum, Hak Choy, Fadlo Khuri, Katherine Pisters, David Gandara, Kemp Kernstine, Charles Butts, Jonathan Noble, Thomas A. Hensing, Kendrith Rowland, Joan Schiller, Keyue Ding, and Frances A. Shepherd

J Clin Oncol 31:3320-3326.2013

背景:完全切除後非小細胞肺癌の生命予後は、満足できるものとは言えない。この第III相臨床試験では、gefitinibによる術後補助療法について検討した。

方法:病理病期IB,II,IIIA期の完全切除後非小細胞肺癌の患者を対象に、病理病期、組織型、性別、術後放射線療法の有無、術後補助化学療法の有無を割付調整因子として、1:1の割合でgefitinib群もしくはプラセボ群に割り付けて、2年間治療した。評価項目は全生存期間、無病生存期間、毒性とした。

結果:進行非小細胞肺癌の患者を対象にプラセボ群に対するgefitinib群の優越性を検証したISEL試験と、局所進行非小細胞肺癌の患者を対象に放射線化学療法後のgefitinib維持療法の有効性を検証したS0023試験がいずれもnegative studyであったことから、効果安全性評価委員会の勧告を受け入れて、当初の計画だった1242人のうち503人を無作為割付(gefitinib群:251人、プラセボ群:252人)した段階で登録を打ち切った。両群の患者背景に差はなく、観察期間中央値4.7年(範囲は0.1-6.3年)の段階で、全生存期間(ハザード比1.24、95%信頼区間0.94-1.64, p=0.14)、無病生存期間(ハザード比1.22、95%信頼区間0.93-1.61, p=0.15)のいずれにも有意差がつかなかった。探索的解析では、EGFR遺伝子が野生型の344人においては、無病生存期間(ハザード比1.28、95%信頼区間0.92-1.76、p=0.14)および全生存期間(ハザード比1.24、95%信頼区間0.90-1.71、p=0.18)のいずれにも有意差はつかなかった。同様に、15人のEGFR遺伝子変異陽性患者においても、無病生存期間(ハザード比1.84、95%信頼区間0.44-7.73、p=0.395)および全生存期間(ハザード比3.16、95%信頼区間0.61-16.45、p=0.15)のいずれにも有意差はつかなかった。有害事象はEGFR阻害薬で一般に認められるものが発生し、重篤なものは感染症疲労、疼痛を除いて5%程度の患者に認めた。各群1人ずつ、致死性の肺臓炎が発生した。

結論:本試験は早期終了したため、gefitinibによる術後療法の有効性について言及できないが、解析結果を見る限りでは有益とはいいがたい。

Adjuvant Erlotinib Versus Placebo in Patients With Stage IB-IIIA Non?Small-Cell Lung Cancer (RADIANT): A Randomized, Double-Blind, Phase III Trial

Karen Kelly, Nasser K. Altorki, Wilfried E.E. Eberhardt, Mary E.R. O’Brien, David R. Spigel, Lucio Crinò,Chun-Ming Tsai, Joo-Hang Kim, Eun Kyung Cho, Philip C. Hoffman, Sergey V. Orlov, Piotr Serwatowski, Jiuzhou Wang, Margaret A. Foley, Julie D. Horan, and Frances A. Shepherd

J Clin Oncol 33:4007-4014.2015

背景:EGFRチロシンキナーゼ阻害薬は、進行非小細胞肺癌における有用性が示されている。術後補助化学療法においてもEGFRチロシンキナーゼ阻害薬は有用であるとの仮説を検証する。

方法:免疫染色によってEGFR蛋白発現が確認された、あるいはFISHによってEGFR遺伝子増幅が確認された病理病期IB-IIIA期の完全切除後非小細胞肺癌患者を対象に、国際プラセボ対象二重盲検ランダム化比較試験を計画した。患者はErlotinib 150mg/日を服用する群(Erlotinib群)もしくはプラセボ群に、2:1の比率で割り付けられ、2年間治療を継続した。割付調整因子は病理病期、組織型、先行して行われた術後補助化学療法、喫煙歴、EGFR増幅の状態、参加国とした。主要評価項目は無病生存期間で、副次評価項目は全生存期間、EGFR遺伝子変異を有する患者における無病生存期間および全生存期間とした。

結果:2007年11月26日から2010年7月7日までに、973人の患者が無作為に割り付けられた。両群間に、無病生存期間の有意な差を認めなかった(無病生存期間中央値はErlotinib群で50.5ヶ月、プラセボ群で48.2ヶ月、ハザード比0.90、95%信頼区間0.74-1.10, p=0.324)。一方、EGFR遺伝子変異陽性のサブグループ(161人、全体の16.5%)では、無病生存期間はErlotinib群でよい傾向(中央値はErlotinib群で46.4ヶ月、プラセボ群で28.5ヶ月、ハザード比0.61、95%信頼区間 0.38-0.98、p=0.039)だったが、解析の多重性を考慮すると統計学的有意とは断定できない差だった。全生存期間のデータは本論文発表時点では追跡期間不十分である。

結論:Erlotinibによる術後補助療法は、EGFR蛋白を発現している、もしくはEGFR遺伝子変異有する患者を対象とした場合、いずれにおいても無病生存期間を改善しなかった。EGFR遺伝子変異陽性患者を対象に、更なる検討が必要である。

 今から考えると、両試験とも対象患者の絞り込みがピンボケで、そのためかどちらもnegative studyです。

 BR.19試験ではEGFR遺伝子変異陽性患者がわずか15人しか含まれていなかったためにサブグループ解析からも何もわかりませんでした。

 しかし、RADIANT試験では161人のEGFR遺伝子変異陽性患者が含まれており、そのサブグループ解析では無病生存期間中央値および2年無病生存割合がErlotinib群で46.4ヶ月、75%に対し、プラセボ群で28.5ヶ月、54%と、有意差こそついていないものの、かなり有望な結果が得られています。

 また興味深いことに、追跡期間中に再発したEGFR遺伝子変異陽性患者の再発形式を見てみると、Erlotinib群では脳転移再発例が多く(Erlotinib群13人、37.1%に対し、プラセボ群4人、1.9%)、プラセボ群では骨転移再発例が多い(Erlotinib群5人、14.3%に対し、プラセボ群9人、29.0%)ことがわかっています。

 現在、我が国ではWJOG6410L studyとして、中国ではCTONG1104 studyとして、EGFR遺伝子変異を有する完全切除後非小細胞肺癌の患者さんを対象に、gefitinib群とシスプラチン+ビノレルビン併用化学療法群を比較する臨床試験が行われています。前者は2015年12月末日まで、224人を目標患者数として行われ、後者は2015年11月の段階で既に患者集積が終わったとのことでした。また、米国で行われているALCHEMIST studyでは、IB-IIIA期の非小細胞・非扁平上皮癌患者さんの癌組織をスクリーニングし、EGFR遺伝子変異が認められた場合にはErlotinib内服2年間 vs プラセボの第III相比較試験(上記RADIANT studyの次のステップですね)へ、ALK遺伝子再構成が認められた場合にはCrizotinib内服2年間 vs プラセボの第III相比較試験へ進む、とする取り組みが行われています。