1、2年前のこと、大分で行われた講演会の席上である先生が、
「もうプラチナ併用化学療法の時代は終わったかもしれない」
と話していた。
EGFR阻害薬に関する講演の席上だったので、確かにドライバー遺伝子変異を有する肺がんの患者さんではそういうこともあるかも知れないな、とは思っていた。
しかし、そのEGFR遺伝子変異を有する肺がんにおいてすら、EGFR阻害薬がプラチナ併用化学療法に比べて、全生存期間で凌駕することはなかなか難しい。
EGFR阻害薬とプラチナ併用化学療法の効果を比較する試験では、往々にして主要評価項目が無増悪生存期間とされ、病勢増悪後の治療については制約がないことがほとんどなので、治療の全経過を通じてみれば結局参加者全員が同じような治療をした、というオチになるからである。
afatinibに関しては、LUX-Lung 3試験とLUX-Lung 6試験を統合して解析したら、ちょっとだけ全生存期間で上回ったという結果が得られ話題になった。
しかし、ドライバー遺伝子変異に対する一次治療としての分子標的薬の地位が確立し(いまではこの患者集団の初回治療にプラチナ併用化学療法を行う医師はほとんどいないだろう)、病勢増悪後の耐性変異に対する特異的治療薬まで出てきてしまった。
この患者集団に対する今後の臨床試験の在り方を考えるとき、より毒性の軽い治療薬を治療の早期段階に使用するという固形がん治療の原則を踏まえると、おそらくプラチナ併用化学療法がコントロール群になる機会は消えていくだろう。
ただし、ドライバー遺伝子変異を有する患者は、治癒不能の非小細胞肺癌患者全体で見れば、実地臨床の場では多く見積もっても30%程度である。
いやさ、実感としては20%を下回るかも知れない。
したがって、残り80%の患者においては、プラチナ併用化学療法(+α)の位置づけは依然として変わっていなかった。
治療コンセプトの厳密な検証が行われていないにせよ、ある種の薬の維持療法にはそれなりに意味があり、実地臨床の場では広く行われている。
そして、この患者群に対する臨床試験の基本コンセプトはやはりプラチナ併用化学療法が核になっており、当面はその位置づけは揺るがないだろうと思っていた。
そして、KEYNOTE-024試験は、この状況に抗PD-L1抗体による腫瘍評価という新たな評価軸を持ち込み、ドライバー遺伝子変異を持たない患者のうち25%(スクリーニング対象となった1,934人のうち、PD-L1発現>50%だったのは500人=25.9%)においてはもはやプラチナ併用化学療法が標準治療ではない、という事実を、反論しがたい形で示した。
主要評価項目である無増悪生存期間のみならず、病勢増悪後の治療に制約がないにもかかわらず全生存期間をも延長するという、EGFR遺伝子変異陽性肺がんに対するEGFR阻害薬でもなし得なかった成果を残したのである。
華々しい結果であるが、我が国の実地臨床にどう活かすかを考えると、いくつか気になることがある。
・オプジーボを更に上回る高額な薬剤費を、どのように手当てするか
・抗PD-L1抗体評価をどのように実地臨床に落とし込むか
・我が国で主流の経気管支肺生検が、PD-L1発現の判定にそのまま使えるのか
などなどである。
中間解析時点で有効中止となったため、データが未成熟である。
時を経て、up dateされてから結果を拝見してみたい。
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Pembrolizumab versus Chemotherapy for PD-L1?Positive Non?Small-Cell Lung Cancer
Reck et al, N Engl J Med 2016
DOI: 10.1056/NEJMoa1606774
背景:
ペンブロリズマブはヒト化抗PD-1抗体で、PD-L1を発現する進行非小細胞肺癌に対する抗腫瘍効果を示す。
方法:
今回のオープンラベル第III相試験において、腫瘍細胞の少なくとも50%がPD-L1を発現し、EGFR遺伝子変異やALK遺伝子再構成を有さない未治療進行非小細胞肺癌患者305人を対象に、ペンブロリズマブ群(ペンブロリズマブを3週間ごとに200mg/回使用する)とプラチナ併用化学療法群に無作為に割り付けた。病勢進行が確認された際、化学療法からペンブロリズマブへのクロスオーバーは許容された。主要評価項目は無増悪生存期間とし、副次評価項目は全生存期間、奏功割合、安全性とした。
結果:
無増悪生存期間中央値は、ペンブロリズマブ群で10.3ヶ月(95%信頼区間は6.7ヶ月から未到達)、化学療法群で6.0ヶ月(95%信頼区間は4.2ヶ月から6.2ヶ月)で、ハザード比は0.50(95%信頼区間は0.37-0.68、p<0.001)だった。6ヶ月生存割合はペンブロリズマブ群で80.2%、化学療法群で72.4%で、ハザード比は0.60(95%信頼区間は0.41-0.89、p=0.005)だった。奏効割合はペンブロリズマブ群で44.8%,化学療法群で27.8%だった。奏効持続期間はペンブロリズマブ群で1.9ヶ月-14.5ヶ月、化学療法群で2.1ヶ月-12.6ヶ月)、治療関連毒性はペンブロリズマブ群で73.4%、化学療法群で90.0%であり、Grade 3以上の治療関連毒性はペンブロリズマブ群で26.6%、化学療法群で53.3%だった。
結論:
今回の対象患者群では、ペンブロリズマブは有意に無増悪生存期間、全生存期間を延長し、治療関連毒性の頻度はより少なかった。
その他、本文中に記載されていた気になること
・1,934人がスクリーニングを受けて、PD-L1解析可能な腫瘍サンプルを提出できたのが1,729人、PD-L1発現状態を実際に解析できたのは1,653人、そのうちPD-L1を高発現していたのは500人。
・PD-L1発現の評価に用いた腫瘍サンプルは、針生検もしくは腫瘍組織切除で得られたものを用いた
→経気管支肺生検で採取するようなサンプルでは、小さすぎて多分役に立たない
・ペンブロリズマブ群に割り付けられた人には、喫煙者と脳転移を有する人が多かった
・経過観察期間の中央値は11.2ヶ月(全生存期間をきちんと評価するには、まだまだ短い)
・東アジア人は13%程度参加している
・生存曲線は、まだまだ打ち切り例が多く、データが未成熟
・免疫関連有害事象は、ペンブロリズマブ群で29.2%、化学療法群で4.7%、Grade 3以上に限れば9.7% vs 0.7%