肺癌治療の費用対効果

 高額医療の話をしていて真に恐ろしいと思うのは、薬が登場したときこそ高額だと騒がれるのだが、実地臨床に定着してしまうとあまり話題に上らなくなってしまうことだ。

 パクリタキセルしかり、ゲフィチニブしかり、ベバシツマブしかり、ペメトレキセドしかり、そしてニボルマブとペンブロリズマブしかりである。

 ゲフィチニブが登場した2002年当時、1錠7000円という値段に度肝を抜かれたが、1錠27000円のオシメルチニブが登場すると、相対的に安い、と思ってしまう。

 

 第二次世界大戦終結直前と同等の深刻な状況が我が国の財政を覆っていて、終戦とともに強烈なインフレが起こり、金融資産は120分の1まで目減りしたが、これによって国の財政が立ち直った、というのは、なんとも空恐ろしい話だ。

 国民が購入していた国債の価値が120分の1になり、国民の金融資産が大きく目減りし、その分だけ国の借金が安くなったことになる。

 国民からの借金を、国が踏み倒したに等しい。

 これが現在なら、もし強烈なインフレが再び起こったとき、踏み倒される対象は誰だろうか。

 その結果、踏み倒された人はどんな行動をとるのだろう。

2017年10月15日 日本肺癌学会総会

<ワークショップ12 肺癌治療の費用対効果>

WS12-1)費用対効果分析は何が難しいのか、なぜ進まないか

・2012年5月 社会保険中央審議会に費用対効果検討会が設置された

・アウトカム/費用の測定

 「費用がかかってもそれに見合う効果があれば許容される」という基本的考え方が前提としてある

 直接費用=医療費そのもの

 関節費用=患者が社会活動できないことによる損失

・モデル分析

 患者の臨床経過を場合分けしてフローチャートを作成

 それぞれの経路をとる患者が全体の何%に及ぶか、それぞれに必要コストをかけると全体としてどのくらいになるか

 モデルを大雑把にしすぎると概算医療費も大雑把なものになる

 綿密に過ぎると収拾がつかなくなる

・QALY(Quality Adjusted Life Year)

 患者の状態で決まるQoL係数×生存年数で算出される

 QALY分析の限界は

 1)患者の年齢に関係なく、同じ価値基準で評価される

  20代の生産年齢人口も、80代の後期高齢者も、同じように評価される

 2)健常者より障害者が低い計算値になってしまう

 3)QoL尺度の測定内容に限界がある 

  代表的なEQ-5D基準は、ほとんどが身体的な評価項目で占められ、精神的な部分や社会的な部分はあまり考慮されていない

・命の値段についての議論

 1QALYを得るのに、どの程度ならお金を費やしても妥当と考えるか

 英国:50000から60000ドル

 豪州:40000ドル

 韓国:22000ドル

 タイ:5400ドル

 と、国によってもかなりの格差がある

・わが国では、薬価は維持されるか、引き下げられることはあっても、引き上げられることはない

 米国では、アフリバセプトを除いて、ほとんどの抗がん薬は引き上げられている

 費用対効果が高い薬は、引き上げることを検討してもよいのでは?

・health-technology assessment(HTA)については、日本は国としての取り組みが立ち遅れており、薬価を決める仕組みが未成熟である

・日本には、health-economistが絶対的に不足している

WS12-2)費用対効果の改善は臨床研究のエンドポイントになりうるか?

・これまでの臨床試験は、臨床的有用性のみがエンドポイントだった

・利便性、社会への経済的負担、個人への経済的負担といった、費用対効果が臨床試験のエンドポイントとして成立するだろうか

・費用対効果を臨床試験のエンドポイントにすることのジレンマ

 「費用がかかってもそれに見合う効果があれば許容される」という前提がある以上、費用対効果を改善するための臨床試験は成立しにくい

→「効果が同等で、費用が安い」という治療は受け入れられるが、「効果はやや落ちるが、医療費は大幅に削減される」という治療は果たして受け入れられるのか

 薬価を下げれば必ず費用対効果があがるため、もはや医学的に解決できる問題ではなくなる

・JCOG1701:ニボルマブを途中でやめるか、延々使い続けるか

→ESMO2017におけるCheckMate153試験の中間解析を受けて、目下見直しをしているところ

・Matter et al, J Thorac Oncol 2016

 ニボルマブの費用対効果解析

 日本での薬価に換算すると、1QALYをあげるのにかかる費用は約2500万円

・他の分野にも高額医療は存在する

 CAR-T療法:5300万円/回、大動脈弁に対するTAVI:600万円/回

 乳がん領域でのpertuzumabなど

・目下、おびただしい数の免疫チェックポイント阻害薬が開発されている

→これらが全て臨床導入されたら、医療経済はどうなるのか

 Chen et al., Nature 2017

・CheckMate 153試験:Spigel et al., ESMO 2017

 ニボルマブを継続投与する群:76人

 ニボルマブを途中終了する群:87人

→継続投与群の方が無増悪生存期間が有意に延長

 ハザード比0.42(95%信頼区間は0.25-0.71)

→継続投与群の無増悪生存期間、全生存期間いずれも中央値に達していない

→途中終了群では無増悪生存期間10.3ヶ月、全生存期間23.2ヶ月、6ヶ月無増悪生存割合は70%、9ヶ月無増悪生存割合は50%、12ヶ月無増悪生存割合は40%

→治療しなくても40%は15ヶ月無増悪生存を達成できる、と言い換えることもできる

→この結果が出た以上、JCOG1701は倫理的に妥当なのか判断を迫られる

・治療を中断することが受益者(=患者)利益に反映されるような仕組みを作らないと、医療費削減の取り組みはうまくいかない

 ☆行わなかった治療と同額のお金を給付する

 ☆行わなかった治療と同額のお金を税額控除する

 ☆行わなかった治療に応じて、一定額を税額控除する

 ☆行わなかった治療に応じて、将来の税や子孫の税から繰り延べ控除する

WS12-3)In the Same Boat - 財政と医療に未来を見いだせるか

・演者は財務省主計局厚生労働第三係から招請

・わが国の財政

 公債残高対GDP比を供覧

 昭和に入ってから、公債残高対GDP費は上昇し続けていた

 第二次世界大戦時にピークに達した

 終戦直後、物価120倍というハイパーインフレが起こり、国債の実質価値が下がり、公債残高対GDP比は120分の1に、国民の財産も120分の1になった

 昭和20年から50年までは公債残高対GDP比は最低水準にあったが、社会保障費の増加とともに公債残高対GDP比は高騰し、現在は第二次世界大戦終戦直前とほぼ同じ水準にある

 平成元年以降、歳出と歳入の格差が大きくなり、年々積み増される国の借金が増えている

 社会保障関連の歳出は一般会計予算の33.3%、一般会計予算から公債関連費用を除くとその55.6%を占めている

・1人あたりの医療費に占める国庫負担分

 65歳−74歳:7.8万円

 75歳以上:35.6万円

・1人あたりの介護費に占める国庫負担分

 65歳−74歳:1.5万円

 75歳以上:14.5万円

・医療費が高騰し、財政が悪化したら、その分だけ公共サービスの質を下げざるを得ない