・切除可能非小細胞肺がんに対する、術前ニボルマブ療法のパイロット試験

 

 参加患者数わずか22人、解析対象者数わずか21人のとても小規模な初期の臨床試験だですが、とても面白いです。

 論文を読んでみて、よく分かりました。

 思わず長々と書いてしまいました。

 

 臨床試験コンセプト立案の妙といいますか、科学的に見て面白く、将来展望も明るいということで、小規模な臨床試験ながら一流誌であるNew England Journal of Medicine誌に取り上げられたのでしょう。

 Major pathological response(MPR, 病理学的著効)が確認された9人の患者さんのうち、通常の効果判定で部分奏効 / 完全奏効と判定された患者はわずか2人しかいらっしゃいません。一方、腫瘍増大が認められた患者さんの中には、MPRが認められた患者さんが1人、pathological complete response(pCR, 病理学的完全奏効)が認められた患者さんすら1人いらっしゃったそうです。もっとも、こうした病理学的な治療効果判定基準もあくまで生存解析の代替評価項目に過ぎないので、生存解析の結果が明らかになるまで過信はできません。pCRが認められた3人の患者さんのうち1人は肺門リンパ節に違残腫瘍細胞が認められたといいますから、その他の部位のどこかに腫瘍細胞が潜んでいないとも限りません。しかし、免疫チェックポイント阻害薬使用後の画像上の腫瘍増大が必ずしも腫瘍の勢いを示しているわけではないことが今回の報告ではっきりしました。従来言われていたことがきちんと病理学的に証明されたことに快哉を叫びたいです。

 腫瘍細胞への免疫応答を担うT細胞教育のために、術後よりも術前に免疫チェックポイント阻害薬を使用した方がいいというのも新たな視点です。これまで術前化学療法の有効性を証明した臨床試験が皆無である中で、このようなコンセプトに挑戦したこと自体が白眉です。術前化学療法によるMPRと生存期間が相関するという既報、ベバシツマブを併用した強力な術前化学療法ですらMPRの割合は22%に留まるという既報を踏まえると、今回の45%という数字はインパクトがあります。短期毒性がベバシツマブ併用療法より軽いことは言うまでもありません。今回のコンセプトで、既にCheckMate-816試験(術前ニボルマブ+イピリムマブ vs ニボルマブ+化学療法 vs 化学療法単独の第III相比較試験)が進行中とのことで、今後の動向が注目されます。他の免疫チェックポイント阻害薬でも同様の臨床試験が検討されることでしょう。

 さらに言えば、免疫チェックポイント阻害薬と化学療法を術前に併用すればどうなるのか、免疫チェックポイント阻害薬と放射線治療を術前に併用すればどうなるのか、術後にも治療を加えたらどうなるのかなど、興味は尽きません。

 

 

 

AACR 2018: Pilot Study of Neoadjuvant Nivolumab in Resectable NSCLC

<切除可能非小細胞肺癌に対する、術前ニボルマブ療法のパイロット試験>

 

 2018年のAACR年次総会(Abstract #CT079)において、切除可能な非小細胞肺癌患者に対する術前ニボルマブ療法は、忍容可能で治療効果も高いことが示された。学会発表と前後して、N Engl J Med紙上にも公表された。

 

Neoadjuvant PD-1 Blockade in Resectable Lung Cancer

 

Forde et al., N Engl J Med 2018, published on April 16, 2018 at NEJM org.

DOI: 10.1056/NEJMoa1716078

 

 抗PD-1抗体による治療は、すでに様々な進行がんの薬物療法に使われている。

 一方で、早期非小細胞肺癌の治療成績にも更なる向上が求められている。完全切除後の非小細胞肺癌患者ですら、その多くは術後再発をきたす。周術期のプラチナ併用化学療法は治療成績を向上させたものの、5年生存割合を5.4%程度改善させるに過ぎず、その一方でGrade3以上の有害事象を患者の60%以上が経験する。術前の抗PD-L1抗体療法は非常に「魅力的な」コンセプトの治療である。(術後療法と比較すると)主病巣が残された状態で抗PD-L1抗体を使用することで、T細胞はより多くの腫瘍抗原に触れて腫瘍抗原特異的な反応性を獲得する機会が増え、そのためより効率的に全身の微小転移巣へ対応することができるようになると予想される。また、術前に抗PD-1抗体を使用して、その後に病巣を摘出することにより、抗PD-1抗体が腫瘍病巣内微小環境や末梢血液へどのような影響を及ぼすかを確認することができる。今回の臨床試験は、こうしたコンセプトから出発した。

 Johns Hopkins大学とMemorial Sloan Ketterngがんセンターで行われた今回の医師主導臨床試験は、未治療、切除可能のI期、II期、IIIA期の非小細胞肺癌患者21人を対象に、ニボルマブ初回投与から約4週間後(ニボルマブ2コース投与後)に手術を行う予定として、ニボルマブ3mg/kgを2週間ごとに投与した。ニボルマブブリストル・マイヤーズ・スクイブ社により供与されたが、同社はそれ以外の臨床試験実務には一切関与しなかった。主要評価項目は治療の安全性と忍容性だった。Grade3以上の有害事象が25%以上の患者に認められた場合には安全性を担保できないと定義し、70%の検出力で検出できるように設定した。また、忍容性の基準はプロトコール治療開始から37日以内に手術を行えることとし、それ以上に手術時期が遅れる患者が25%以上認められた場合には忍容性を担保できないと定義し、90%の検出力で検出できるように設定した。全ての患者において、術前に生検を行った。また、術前の状態を確認するために、術前7日以内にCTを撮影した。臨床的に必要性があると判断され場合には術後補助化学療法や術後放射線療法が患者に提案された。

 各患者について、術前生検標本、術後腫瘍病巣標本、正常肺組織標本を用いて全エクソンシーケンスを行った。得られたデータをVariantDxソフトウェアを用いて、一塩基変異、挿入変異、欠失変異、コピー数異常といった遺伝子異常に焦点を絞って腫瘍組織と正常組織の比較解析を行った。また、全エクソン解析のデータと患者の主要組織適合性抗原(MHC)class Iハプロタイプのデータを特殊ながん遺伝子変異関連がん特異抗原解析用実験系で解析した。この実験系では、がん特異抗原を含む様々なペプチドのMHC class Iへの親和性、抗原の分解過程、ペプチドの相同性、遺伝子発現について解析することが可能である。さらには、T細胞受容体DNAシーケンスを用いて、遺伝子変異関連がん特異抗原に対するT細胞クローンの分布や機能的特異性の解析も併せて行った。

 2015年8月から2016年10月にかけて、22人の患者を登録し、全ての患者が少なくとも1コースのニボルマブ投与を受けた。このうち1人は後に小細胞肺癌であることがわかり、本試験から除外された。残る21人の患者の背景は以下のとおりである。年齢中央値:67歳(55-84歳)。性別:男性10人(48%)、女性11人(52%)。腫瘍組織型:腺癌13人(62%)、扁平上皮癌6人(29%)、多形癌1人、腺扁平上皮癌1人。病期:I期4人(19%)、II期10人(48%)、IIIA期7人(33%)。喫煙歴:非喫煙者3人(14%)、喫煙経験者18人(86%)。21人のうち、20人(95%)が2コースの治療を受けた。2回目のニボルマブ投与開始から手術施行までの期間中央値は18日間だった(11-29日)。治療関連の有害事象は5人(23%、95%信頼区間は7.8-45.4%)で認められ、Grade3以上の有害事象は1件のみだった。Grade3の有害事象は肺炎だったが、この患者は1コースのニボルマブ治療後に問題なく手術を受けることができた。2コース目のニボルマブ投与から手術までの期間中央値は18日間(範囲は11日間−29日間)だった。

 切除された21件の腫瘍のうち、20件は完全切除されていた。完全切除できなかった1件では、手術中に気管への腫瘍浸潤が判明し、完全切除に至らなかった。術前のCT評価では、部分奏効が2人(10%)、病勢安定が18人(86%)、病勢進行が1人(5%)だった。

 術後観察期間中央値12ヶ月(0.8−19.7ヶ月)の時点で、20人中16人(80%)は無増悪生存していた。12ヶ月生存割合は90%、12ヶ月無増悪生存割合は80%だった。18ヶ月無増悪生存割合は73%だった。死亡した患者のうち1人は、プロトコール治療とは全く関係のない頭部外傷により死亡した。再発した患者の内訳は以下のとおり。切除した病巣内において25%しか腫瘍細胞が死滅していなかった1人目の患者は、術後2ヶ月で単発の脳転移が見つかった。定位脳照射で治療し、プロトコール開始から16ヶ月以上経過したが、生きている。切除した病巣内で95%もの腫瘍細胞が死滅していた2人目の患者では、術後に縦隔リンパ節に再発をきたしたものの、化学放射線療法で追加治療を行い、プロトコール開始から12ヶ月以上経過したが、それ以上の再発兆候なく生きている。切除した病巣内において20%しか腫瘍細胞が死滅していなかった3人目の患者では、手術の1年後に全身転移が発覚し、その4ヵ月後に癌死した。

 完全切除できた患者のうち、術前に比べて病理学的に病期改善(pathological down-staging)が明らかになったのは8人(40%)だった。

 Major pathologic response(病理学的に、病巣内の腫瘍細胞のうち90%は死滅している状態)は9件(45%、95%信頼区間は23-68%)で、complete pathologic response(病理学的に、病巣内の腫瘍細胞が完全に死滅している)も3件(15%)で認められた。しかし、この3件のうち1件では肺門リンパ節内に腫瘍遺残があった。ニボルマブ投与後の腫瘍細胞死滅割合の中央値は65%(0-100%)だった。術前のCTで明らかな病巣の増大が見られた患者が2人いたが、1人ではmajor pathological responseが、もう1人ではcomplete pathological responseが確認された。Major pathological responseが見られた患者の主病巣では、壊死組織や線維化組織に入り混じるように、免疫反応を反映するようなリンパ球浸潤、マクロファージ浸潤が認められた。Major pathological rsponseはPD-L1陽性の患者、陰性の患者のいずれでも認められた。

 Major pathological responseが確認された患者のうち1人では、3つの術前生検標本を確保できていたが、PD-L1陰性の腫瘍細胞とPD-L1陽性の腫瘍浸潤免疫細胞を認めた。この患者について詳しく分析したところ、術前標本にはPD-L1陽性、CD68陽性のマクロファージと、PD-L1陽性、CD8陽性のT細胞を含んでいた。術後の標本では、PD-L1高発現の状態となったCD8陽性T細胞の浸潤がより高度になっていた。

 20人のうち11人では腫瘍組織の全エクソンシーケンスを行うことができた。その中央値は92(5-366)で、TP53、KRAS、CDKN2A、ARID1A、NOTCH1、RB1といった非小細胞肺癌の領域では既知の遺伝子異常も含まれていた。tumor mutation burden(腫瘍遺伝子変異総量)の平均値はmajor pathologic responseが見られた患者群において有意に高値だった(311±55 vs 74±60, p=0.01)。遺伝子配列の変化数は違残腫瘍細胞の割合と逆相関していた。Tumor mutational burdenの数値とPD-L1発現状態の間に有意な相関はなかった。

 遺伝子変異関連がん特異抗原の候補と考えられるペプチドは、平均89(1-239)見つかった。各患者の遺伝子変異関連がん特異抗原候補ペプチド数とpathological responseの間には有意な相関があった。

腫瘍内と末梢血中双方のT細胞クローンは、評価可能であった患者9人(うち3人ではmajor pathological responseが確認されていた)のうち8人において、ニボルマブ投与後に増加していた。Complete pathologic responseが確認された患者における、遺伝子変異関連がん抗原に特異的に反応するT細胞クローンは、ニボルマブ投与の2週後から4週後、末梢血中において急速に増加していた。

 一連の実験の中で、CD8陽性T細胞を刺激するがん特異抗原の候補が47ヶ見つかり、細胞培養および単クローン性のT細胞増殖を確認するためのT細胞受容体シーケンスの双方で確認した。こうした候補ペプチドのうち、治療前血液サンプル内のT細胞反応性が確認できたものは19ヶあり、そのうち7ヶはプロトコール治療開始から44日後(すなわち手術後)の血液サンプルでもT細胞反応性が確認できた。さらに、他の7ヶの候補ペプチドでは、治療前血液サンプルでは認められなかったT細胞反応性が、術後の血液サンプルで認められた。これは、術前ニボルマブ投与により、新たな腫瘍特異的T細胞反応性が獲得されたことを示していると考えられる。