肺がん領域におけるドライバー遺伝子変異検索の対象が本格的に広がってきました。
薬物療法効果予測因子として広義に捉えれば、現時点で以下のバイオマーカーが(近い将来のものも含めて)対象となります。
・EGFR遺伝子変異(エクソン19欠失、エクソン21-L858R、エクソン20-T790M、エクソン20挿入、その他のuncommon mutation)
・ALK融合遺伝子
・ROS1融合遺伝子
・BRAF遺伝子変異
・NTRK融合遺伝子
・METエクソン14スキップ変異 / 増幅
・RET融合遺伝子
・KRAS遺伝子変異
・HER2遺伝子変異 / 増幅
・PD-L1発現
・マイクロサテライト不安定性(MSI)
加えて、標準治療終了後は次世代シーケンサーによるがんゲノムプロファイリングが控えています。どの医療機関でもできる、というものではありませんが、少なくともどの都道府県に住んでいても、検査を受けるだけなら門戸が開かれています。
・Foundation One
・Oncoguide-NCC Oncopanel
こんな風に雑多に並べると、
「どれが役に立つかわからないんだから、出せるだけ検査に出せばいいじゃん」
という声が聞こえてきそうです。
しかし、話はそう単純ではありません。
気管支鏡や針生検で採取されるわずかな検体を、これら全ての検査に供するというのは、言ってみれば一粒の麦チョコを20人で分け合うようなものです。
満足できるわけがありません。
検査検体採取から治療選択までのプロセスを考えてみても、複雑の極みです。
・検査検体採取法は6通り(血液検体、血液以外の液性検体、気管支鏡鉗子生検検体、気管支鏡リンパ節針生検検体、CTガイド下針生検検体、外科的肺生検検体)
・臨床検査法4通り(PCR、免疫染色、FISH、遺伝子シーケンシング)
・治療選択肢多数(EGFR阻害薬5種、ALK阻害薬4種、ROS1阻害薬2種、BRAF阻害薬1種、NTRK阻害薬1種、PD-1 / PD-L1阻害薬4種、MSI-High対象薬1種)
順列組み合わせをすると、途方もない数になります。
しかも、この薬はこの検査法で陽性となったときにしか使えない(コンパニオン診断)といった組み合わせ条件まで付いているため、更に複雑です。
コンパニオン診断については、いったん現場に落とし込まれたら、何となくうやむやになる気がします。
EGFR遺伝子変異、ALK融合遺伝子、PD-L1陽性率について、検査会社ごとの個別の手法にうるさく言及する担当医は、もはや少数派でしょう。
一番の問題は、検査に耐える検査検体採取を、いかにして行うかです。
前提条件として、
・まとまった量の検体がとれるのは、外科的肺生検>局所麻酔下での転移巣生検>針生検>気管支鏡下鉗子生検>液性検体採取>血液検体採取
・血液検体へのct-DNAの含有量が多いのは、転移巣多数の進行期>転移巣少数の進行期>局所進行期>早期
・ct-DNAによるドライバー遺伝子変異の検出は、見つかったらめっけもん、くらいの捉え方がちょうどいい
・若くて、タバコを吸わなくて、肺への物理化学的刺激を受けた経験が少ない人のがんは、ドライバー遺伝子変異依存の可能性大
・年を取っていて、タバコを吸った経験があり、肺への物理化学的刺激が多かった人のがんは、多段階発がんで多様な遺伝子異常とが蓄積しており、がん特異抗原が蓄積している
・複数の遺伝子異常を効率よく調べるには、十分な生検組織量を求められる(普通の気管支鏡鉗子生検では不足)
・ドライバー遺伝子変異陽性の進行期肺がんなら、分子標的薬、化学療法を過不足なく行うことで、長い無増悪生存期間、全生存期間が得られるが、治癒は望みがたい
・PD-L1発現陽性の進行期肺がんなら、免疫チェックポイント阻害薬を使用すると、一部の患者は極めて長期に生存し、治癒に近い状態になる
これらから導き出されるのは、
・外科的肺生検、局麻下転移巣生検では、必要十分な組織を採取し、治療に結び付くバイオマーカーはできるだけたくさん検索する
・進行期であることが明らかなら、針生検、気管支鏡生検時には、できるだけ大きな組織を採取するように努める
・ctDNA検索でドライバー遺伝子異常が確認されたら、生検標本を用いての追加検索はしない
・進行期であっても、バイオマーカー検索のために必要ならば、できる限り外科的肺生検やリンパ節生検を行う
・ドライバー遺伝子変異検索に適した検体がとれているかどうか、病理医から報告書へ簡単なコメントを付してもらう
といった対策です。
気管支鏡生検時にガイドシースや超音波プローブを使うにしても、それだけでは小さな生検検体しか取れないので、せめて1−2検体くらいは通常鉗子で大きめの組織を採取するように心がけたいものです。
治療効果予測因子が多数知られているだけに、見落としを減らして進行期肺がん患者の長期生存につなげようと思ったら、たとえ進行期の患者と言えども、これまでより積極的に外科的生検を勧めるべきかもしれません。