・予後因子を知ることに果たして意味はあるのか

 治療効果予測因子(predictive marker)と生命予後因子(prognostic marker)は、似て非なるものです。

 がん治療において、治療効果予測因子はこれから行おうとする治療の効果がどの程度その患者さんにおいて期待できるのかを知るためのめやすです。

 ある因子Aを調べたとき、それがあればなにも治療をしなければ6ヶ月しか生きられないところ、治療Bをすると1年長生きができる、となれば、治療Bを望む患者さんは多いでしょう。

 この場合、因子Aは治療Bに関する治療効果予測因子です。

 分子標的薬を用いるにあたってのドライバー遺伝子変異の有無はこの好例です。

 ところが、ある因子Cを調べたとき、それがなければ6ヶ月しか生きられないところ、それがあると1年長生きができ、治療Bをしても長生き期間は変わらない、あるいは長生き期間は因子Cの有無にかかわらず等しく2ヶ月伸びる、といった場合、因子Cは治療効果を予測しているわけではなく、ただ単にそれがあると治療に関わらずより長生きできることを示しています。

 この場合、因子Cは生命予後因子です。

 

 分子標的薬も抗体医薬も免疫チェックポイント阻害薬もまだ世の中になかった頃から、治療効果予測因子や生命予後因子を探ろうとする研究は枚挙のいとまがないほど行われてきました。

 かくいう私も、学位論文のもととなったのはある生命予後因子を臨床病理学的に証明したことでした。

 しかし、生命予後因子は比較的簡単に見つかりますが、治療効果予測因子を見出すのはそう簡単ではありません。

 そして、治療効果予測因子は実際の治療に役立つが、生命予後因子を実際の患者さんに当てはめても、あまりいいことはありません。

 生命予後因子を調べることで長生きできない患者さんをみつけても、その患者さんが長生きできないとわかるだけで、それを正直に伝えても患者さんとご家族を落胆させるだけです。

 

 おそらく、進行非小細胞肺がん患者さんに対して免疫チェックポイント阻害薬を用いる際に、白血球の分画比を求めるのは、いまのところ生命予後因子を調べていることにほかならず、治療効果予測因子を見ているわけではないでしょう。

 もちろん我々は、白血球の分画比を見て免疫チェックポイント阻害薬を使うかどうかを決めているわけではありません。

 

 なぜこんなことを書くかというと、以下の論文を読んでいて表題の感想を持ったからです。

 LIPIを調べて予後不良群だとわかったときに、果たしてアテゾリズマブもドセタキセルも使用しない、という選択肢があるのでしょうか。

 それこそ、知らぬが仏、というものではないでしょうか。

 

 

 

 

Evaluation of the Lung Immune Prognostic Index for Prediction of Survival and Response in Patients Treated With Atezolizumab for NSCLC: Pooled Analysis of Clinical Trials

 

Michael J Sorich et al.,

J Thorac Oncol. 2019 Aug;14(8):1440-1446

doi: 10.1016/j.jtho.2019.04.006. Epub 2019 Apr 15

 

背景:

 免疫チェックポイント阻害薬での治療を受けた患者の生命予後や治療反応性にはばらつきがあり、治療意思決定に役立つ治療効果予測因子が求められている。Lung Immune Prognostic Index(LIPI)は免疫チェックポイント阻害薬による治療効果を予測するために最近開発された。今回の研究では、進行非小細胞肺がんに対してアテゾリズマブを使用した患者を対象に、LIPIが生命予後と治療反応性の予測因子となり得るかどうかを検証した。

 

方法:

 非小細胞肺がんに対してアテゾリズマブを使用する4件の臨床試験(BIRCH試験, FIR試験:いずれも、PD-L1陽性の進行非小細胞肺がん患者を対象とした単アーム試験, OAK試験,POPLAR試験:いずれも、プラチナ併用化学療法後に病勢進行した進行非小細胞肺がん患者を対象とした、アテゾリズマブとドセタキセルを比較するランダム化試験) から、各患者の個別データを集積した。治療開始前の好中球−リンパ球比率が3以上であるかどうか、同じく治療開始前のLDH値が正常上限を超えているかどうかを基準として、患者を3グループに分類した。LIPI良好群はリスク因子0ケ、LIPI中間群はリスク因子1ケ、LIPI不良群はリスク因子2ケが該当する患者とした。主要評価項目は全生存期間、副次評価項目は無増悪生存期間及び奏効割合とした。

 

結果:

 LIPIが高値になるほど、患者年齢は若く、PSは悪く、遠隔転移巣は多く、肝転移や骨転移を伴う頻度が高く、確定診断から各臨床試験参加までの期間が短く(初回治療後増悪までの期間が短く)なる傾向にあった。LIPIとPD-L1発現の間に有意な相関は認めなかった。少なくとも1コースのアテゾリズマブによる治療を受けた1489人の患者集団を調べたところ、LIPIは全生存期間(p<0.001)、無増悪生存期間(p<0.001)、奏効割合(p<0.001)と有意に相関していた。生存期間中央値は、LIPI良好群(n=678)で18.4ヶ月、LIPI中間群(n=180)で11.3ヶ月、LIPI不良群で4.5ヶ月だった。アテゾリズマブで治療を受けた患者集団において、LIPIと全生存期間の関係性は、喫煙歴、年齢、PS、組織型、前治療歴、PD-L1発現状態に拠らず一貫していた。一方、OAK試験とPOPLAR試験において、少なくとも1コースのドセタキセルによる治療を受けた687人の患者集団を調べたところ、同様にLIPIは全生存期間(p<0.001)や奏効割合(p=0.005)と相関していた。

 

結論:

 治療開始前のLIPIはアテゾリズマブによる治療を受けた患者集団の全生存期間、奏効割合の予後因子として有用である。一方、LIPIは同様に化学療法を受けた患者においても予後因子である。それゆえ、LIPIは免疫チェックポイント阻害薬に特異的な予測因子ではない。