・バングラデシュの患者さんと

 2022/06/01から入国制限が緩和されたためかどうかはわかりませんが、外国籍の患者さんを診療する機会がCoVID-19流行前に復しつつあります。

 先日は中国籍の方が腹痛・腰痛でもだえ苦しみながら時間外外来にお越しになりました。

 私は中国語ができませんし、患者さんは片言の日本語で英語は使えず、四苦八苦しながらやりとりしました。

 最終的には尿路結石であることが判明し、鎮痛薬と水分摂取励行で様子を見ることにしたのですが、身も世もないくらいに痛がられるのでこちらまで脂汗をかいてしまいました。

 

 昨日外来にお越しになったのはバングラデシュの方でした。

 午後3時30分くらいにお越しになり、いろいろやって午後7時30分くらいにはようやく落ち着いてご帰宅できました。

 結局熱中症と尿路感染症と鉄欠乏性貧血と結論したのですが、やりとりしながらいろいろと感銘を受けたので書き残すことにしました。

 

 電話で受診相談をくださったのは日本人の方で、事前情報はある程度問題なく入手できたのですが、

 「患者は日本語を全く話せません」

 「英語は問題なく話せます」

 「ひとりで受診します」

とのこと。

 うーん、ちょっとつらいけど、こういうときのために毎日NHKのラジオ英語講座を聞いてるんだし、事務部にはいつも助けてくれるワーキングホリデー帰りの〇〇さんもいるし、一応バージョンアップして使いやすくなったポケトークもあるし・・・バングラデシュの方ならお互いカタコトの英語だろうから条件は一緒だよな、ということで、他の急患さんを早く診療し終えて、準備を整えようということになりました。

 最近「ロヒンギャ危機ー民族浄化の真相」という本を読んでいたこともあり、バングラデシュという国のイメージと言えば、

ミャンマーと国境を接し、ロヒンギャの方々が一部難民として流入している国

・東南アジアの最西部に位置し、インドとも国境を接する国

・最近は服のお買い物をすると、「Made in Bangladesh」をよく見かけるようになった

という感じでした。

 

 それで、いざ患者さんがお越しになってみると・・・。

 外見はいかにもインドから中東にかけての方によく見られるような、浅黒く彫りの深いお顔立ちですが、とにかくびっくりしたのは、その英語力です。

 感覚的には、完全にnative speakerです。

 その流暢であること、この上ないです。

 (本人は体調が悪くて来院しており、とにかくつらいことを訴えたいのだから仕方がないのですが)こちらのlistening skillを度外視してとにかく早口でまくし立てるその調子は、native speaker以外の何物でもありません。

 思わず耳を疑ってしまいました。

 こりゃあポケトークじゃ尚更ついていけないと諦め、一所懸命耳を澄ませて訴えを聞き取って、こちらはカタコトのspeakingで頑張って意思疎通しました。

 

 すったもんだの挙句、点滴でようやくひと息ついて、少し雑談をしました。

 バングラデシュのご出身なのに英語がお上手ですね、とてもうらやましいとお伝えすると、

 「バングラデシュの都市部では小さなころから英語で授業をするので、このくらいは普通なんです」

 「母語バングラデシュ語なんですけど、私はイスラム教徒なのでコーランを読むためにアラビア語も知っておかなければならないし、パキスタンの方ともやり取りしなきゃならないのでヒンズー語も知っておかなきゃならないし、そんなこんなで4-5か国語は身につけなければなりません」

 「先生も医学教育は英語で受けたのでは?」

 うーん、確かに専門用語は英語が多いんだけど、授業は日本語だし、あとは解剖用語をラテン語で覚えたくらいかなあ。

 「ラテン語・・・じゃあスペイン語がおできになるのですね?」

 いやいや、スペイン語は全然です、解剖用語の単語をラテン語で叩き込まれたというだけで・・・。

 「日本語は難しくてわたしには無理です。漢字、カタカナ、ひらがな・・・ああ・・・」

 いまは大学に在学中と聞いていますが?

 「ええ、大学院でdevelopmental economy(発展途上国の経済ということでしょうか?)について研究しています」

 「担当教授の奥さまも医師でいらっしゃるんですが、以前は国連機関で働いていらっしゃったそうです」

 「私も卒業後は国連機関などで働きたいと思っています」

 それはすごい、大きな夢ですね。

 「日本の方々はとても礼儀正しく、感銘を受けています」

 「お辞儀の習慣は素晴らしいですね、とても丁寧で」

 「私たちにも同じような習慣はありますが、頷く程度で、日本の方のように腰を深く折ってお辞儀をすることはありません」

 日本では、人格者ほど深く頭を下げる(実るほどこうべを垂れる稲穂かな)といいますからね。

 「バングラデシュでは、都市部と農村部で随分と男女間格差が異なります」

 「都市部では女性の権利が強く意識されていて、現在の総理大臣は女性ですし、閣僚も半数以上は女性です」

 「一方、郊外や農村部では女性の力は弱く、young marriage(若年者の婚姻)が大きな問題です」

 「10代のうちに嫁いでしまい、私の周りにもそんな人が大勢います」

 「その点、私の父は理解があり、海外で勉強しておいでと背中を押してくれました」

 いいお父さんですね。

 「将来はyoung marriageの問題に取り組みたいと思っています」

 

とまあこんな感じで、大学院で研究活動をするくらいの意識と知性があるからと言ってしまえばそれまでですが、とてもきちんとしたビジョンを持った方で、大いに刺激を受けました。

 と同時に、危機感を感じました。

 今の職場で働き始めてから、ウズベキスタンタジキスタンベトナム、タイ、中国、韓国、インドネシアバングラデシュアメリカ、イギリス、ケニアなどいろんな国の方と接する機会がありました。

 欧州諸国は言うに及ばずですが、来日しているアジアのみなさんの英語力は私の想像をはるかに超えていました。

 韓国やインドネシアの方の英語には本当に惚れ惚れしたものですが、今回のバングラデシュの方の英語もそれに勝るとも劣らないレベルでした。

 母国で受けたという腹部超音波検査のレポートを見せてもらいましたが、これがまた極めて洗練された英文で記載されています。

 これは想像ですが、バングラデシュの医学教育はかなりの部分が英語で行われているのではないでしょうか。

 

 英語教育は氷山の一角で、社会全体の在り方を見直さないと、そう遠くない将来に我が国はさまざまな面でアジア各国に劣後する運命にありそうな気がしました。

 

 

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