・「コロナ患者の呼吸器を2分間停止・・・」の記事、問題点は?

 

 ウェブサイト上に以下のような記事があり、いろいろと考えさせられてしまいました。

 進行肺がんの診療ばかりしていると人工呼吸管理に携わること、意識することは少ないのですが、一般診療を行う呼吸器内科医としては他人ごとではありません。

 医師と患者の間で「『呼吸器止めてみます?』『止めてみろ』と売り言葉に買い言葉のようなやりとりがあった」というくだりは、医師や患者の背景、それまでの入院診療経過などをよく理解してからでないと判断は難しいのですが、協力してともに病気の治療に当たる、という姿勢でないのは明らかです。社会からは、担当医に自制を求める、との声が多数挙がってきそうですが、

 「たばこをやめない肺気腫患者」

 「たばこをやめない気管支ぜんそく患者」

 「飲酒をやめないアルコール性肝障害・肝硬変の患者」

などなど、医療機関を救急受診、緊急入院する患者にはこうした方々がいるのもまた事実で、病院を受診する以前にやるべきことがあるのではないかと言いたくなります。

 先日は、友人と飲酒した帰りがけにタクシーがつかまらず、発熱と感冒症状を訴えて救急要請し、当院に運ばれてきた患者がいました。「タクシーが捕まらなかったから運んでもらおうと思って、自宅近くの病院に搬送してもらった」と嘯いておられました。

 『呼吸器止めてみます?』『止めてみろ』のやり取りの前に、どんな具体的な会話があったのか、担当医に『呼吸器止めてみます?』と言わしめた発言はどのようなものだったのか、非常に興味があります。

 人工呼吸管理について、一般の患者や家族に細部まで理解させることは容易ではありません。新型コロナウイルス感染症が重症化したような場合、十分な説明をする時間がまずとれません。漠然とした治療概念は理解できても、鼻の穴や口からチューブを通されることの苦痛の大きさ、治療に伴う身体抑制や鎮静および合併症、人工呼吸管理の長期化が懸念される際の苦痛軽減や合併症リスク低減目的の気管切開管理への移行など、数分で説明し十分に理解させられるようなものではありません。気管切開を忌避する患者の気持ちは十分理解できますし、きっと担当医もよく分かっていると思います。だからこそ、気管切開の必要性を患者に理解してもらうために、一方で人工呼吸管理離脱の可能性を探るために、いつでも人工呼吸管理を再開できるようにベッドサイドで観察しながら、自発呼吸でどの程度呼吸を維持できるか慎重に見極めたのではないでしょうか。患者が覚醒していて、自発呼吸が可能な状態で、ベッドサイドで担当医が観察していて、いつでも人工呼吸管理が再開できる状態で、2分間程度人工呼吸器を故意に停止してなんらかの呼吸管理を行うことに、それほど重大な倫理違反があるとは思えません。人工呼吸管理離脱を見据えた、通常の呼吸管理のプロセスと見てよいような気がします。

 「患者の自由意思による決定とは言いがたい。故意に苦痛を与える行為で重大な倫理違反がある」

 「患者の意向はかやの外という治療はありえない。なぜこのような事態になったのか、国も重大事案として検証し、医療のあり方を考えてほしい」

 「病院を管理する市立東大阪医療センターは21年12月、この医師を戒告の懲戒処分にした」

 繰り返します。医師や患者の背景、それまでの入院診療経過などをよく理解してからでないと判断は難しいのですが、上記の見解や処分が妥当なのか、ひとりひとりがよく考えてみてほしいと思います。

 人工呼吸管理という治療に対する姿勢を、これから私自身じっくり見つめ直します。

 

 

 

 

2023/06/27 20:36配信  毎日新聞の記事より 

 

 東大阪市大阪府中河内救命救急センターで2021年3月、男性医師が新型コロナウイルス感染後に重症化した男性患者の人工呼吸器を約2分間故意に停止し、患者を重篤な状態に陥らせていたことが27日、府などへの取材で分かった。患者との間に人工呼吸器の装着方法を巡る意見の相違があったといい、医師は病院に「命の危険はなく同意を得るために許される範囲だと考えた」と説明。病院は「重大な倫理違反がある」として患者に謝罪した。

 府などによると、患者は60代(当時)で集中治療室に入院し、口からのどに管を通す形で人工呼吸器を装着していた。40代(同)の男性医師は細菌感染で起きる肺炎などの合併症を防ぐため、気管の一部を切開して管を入れる方法への変更を患者に提案。しかし、説明不足から患者の理解が得られず、同意を得る目的で人工呼吸器を停止させたという。患者は血液中の酸素濃度が90%を下回るなど重篤な状態に陥り、人工呼吸器を再開後に回復した。翌日には気管切開して挿管し、現在は退院して社会復帰しているという。この問題を受けて病院が設置した倫理委員会は「装着方法の変更という目的自体は不適切と言いがたい」とした上で、医師と患者の間で「『呼吸器止めてみます?』『止めてみろ』と売り言葉に買い言葉のようなやりとりがあった」と指摘。「患者の自由意思による決定とは言いがたい。故意に苦痛を与える行為で重大な倫理違反がある」と結論付けた。病院を管理する市立東大阪医療センターは21年12月、この医師を戒告の懲戒処分にした。 患者だった男性は毎日新聞の取材に「患者の意向はかやの外という治療はありえない。なぜこのような事態になったのか、国も重大事案として検証し、医療のあり方を考えてほしい」と話した。