・90代の老親にたまたま肺の影が見つかったら

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 90代、神経痛で入院中の患者さん。

 胸のレントゲン写真を撮影したらたまたま右肺に影が見つかりました。

 CTを撮影したら、大血管に広く接した40mm大の腫瘤があり、明らかな胸膜巻き込み像を伴っていて、いかにも原発肺腺がん、という印象です。

 さあ、どうしましょうか。

 

 気管支鏡検査で診断をつけるのは容易に見えます。

 腫瘤の中に入っていく気管支があり、この気管支に辿っていけばきちんと確定診断がつけられそうです。

 さあさあ、どうしましょうか。

 

 人生100年時代のただなかにあって、こうした出来事は珍しくありません。

 ロンドンビジネススクールのリンダ・グラットン教授の著書「ライフ・シフト」によると、現在の中高生世代の平均年齢はゆうに100歳を超える見込みなのだとか。

 そして、平均年齢の統計というのは、かなりの確度を以て現実になるそうです。

 

 私の職場には、地域でも選りすぐりの超高齢者がやってきます。

 90代の入院患者さんなんて、本当にざらです。

 私が現在担当している入院患者さんの最高齢者は102歳です。

 

 「人間50年、下天の内をくらぶれば、夢まぼろしの如くなり」

 戦国時代の梟雄、織田信長が好んでかつ謡い、かつ舞ったとされる、幸若舞「敦盛」の有名な一節です。

 もともとは、人の世における50年間など、天の悠久の時の流れに比べれば、夢幻のようにはかないものだ、という意味だそうです。

 とはいえ、一般には戦国時代の寿命にことよせて、せいぜい寿命は50年、儚いもんだよね、と語られることが多いセリフかと思います。

 いまならば「人生80年」、中高生世代にとっては「人生100年」と改められるべき一節です。

 

 さあさあ、冒頭の患者さん、どうしましょうか、でした。

 CTで見る限り、リンパ節転移はなさそうです。

 ただし、病巣は大血管や気管分岐部に接しており、外科切除するというわけにはいかなさそうです。

 根治的胸部放射線治療やがん薬物療法を検討しなければならなさそうです。

 

 私にはトラウマがあります。

 以前も同じような患者さんを担当していました。

 慢性腎臓病、慢性うっ血性心不全と腎性貧血の女性患者さんを定期診療していたのですが、いつも付き添ってくるこの方のご主人も、肺気腫と高血圧があるから一緒に見てほしい、とのことでお引き受けしました。

 そんなご主人の右肺下葉に肺癌らしき影が見つかります。

 半年ぶりに胸部レントゲンを撮影したところ、前回は認めなかった大きな腫瘤が右肺下葉に出現していたのです。

 そこそこの大きさがあるので気管支鏡診断は容易です。

 しかし、では診断がついたら手術をするのかとか、根治的胸部放射線照射をするのかと言われると、ご高齢過ぎて全くイメージがわきませんでした。

 なにせ90代後半の方でしたから。

 それでも、ご家族は一所懸命です。

 何か少しでも治療の可能性があるのなら、しっかり診断してほしい、とのことでした。

 そんなわけで、病状をあまり理解できていないような本人を尻目に、経気管支肺生検を計画しました。

 検査自体は成功し、後日原発性肺扁平上皮がんと診断がついたのですが、厄介なことが起こりました。

 検査終了間際に、心肺停止状態に陥ったのです。

 懸命に心臓マッサージをして、気管内挿管をして用手的人工呼吸を行い、心拍再開したところで病棟に移動させました。

 幸い、人工呼吸管理を行った後、紆余曲折を経てどうにか人工呼吸を離脱することができました。

 なんとかリハビリをしてうちに帰って、また奥さんと一緒に過ごせるようになりましょうね、という矢先。

 今度は奥さんが自宅でしりもちをついて骨盤骨折したのをきっかけに緊急入院し、その日の夕方に急逝してしまいます。

 背景にうっ血性心不全がある高齢者が大きめの骨を骨折したとき、急速に心不全の悪化を来すことはしばしば経験しますが、この方はそれを地で行くような経過でした。

 それでもご主人は奥さんの死を乗り越えて、一旦は家に帰りました。

 しかし、結局数か月後に肺がんの進行でご主人もお亡くなりになりました。

 

 少なくとも本人が希望していない経気管支肺生検をして、心肺停止の憂き目にあいながらも肺がんと確定診断され、一命はとりとめたものの肺がんの治療は何もできないまま結局一生を終える。

 それも、入院の経過中に奥さんに先立たれてしまう。

 なんと切ない、そして救いのない。

 今でも私は、罪の意識を感じ続けながら仕事をしています。

 

 

 

 冒頭の患者さんについて、まずご家族と話をしました。

 このまま放っておいたらがんで死んでしまう。

 なんとか早く診断して、手術をしてほしい。

 そのようにおっしゃられました。

 

 お話をしながら放射線過去画像を検索してみたら、約7年前に上腕骨の骨折を起こした際の骨折部位のCTが残っていました。

 骨折評価目的の撮影条件で撮影されていましたが、今回肺がんが見つかった肺野も一部撮影範囲に含まれています。

 当時の画像のコントラストを調整(こうした細工ができるのは、まさに電子カルテの恩恵で、昔のようにフィルム撮影された画像ではこうはいきません)したところ、今回指摘された病巣に近い部位に20mm大の結節を見つけました。

 周縁部にすりガラス陰影を伴う充実性結節で、胸膜巻き込み像も当時から見られています。

 画像経過だけでほぼ原発肺腺がんと断定できます。

 

 あらためてご家族に説明をしました。

・今回、たまたま右肺に腫瘤が見つかった

・過去画像からの経過で、原発肺腺がんとほぼ断定できる

・大血管や気管に広く接しており、手術で摘出するのは難しいだろう

・90代と超高齢、自覚症状なし

・少なくとも無治療経過観察で7年間生存している

・確定診断のための検査にも、放射線治療薬物療法にもリスクを伴う

 

 本人の幸せを考えながら、どうすべきか考えてみてください、とお伝えしました。

 結局、自覚症状が出ない限りはそのまま経過観察してほしい、との結論となりました。

 

 人生100年時代を迎えたら、90代の患者さんに対しても全ての肺がん診療を行うのが標準的な対応となる・・・そんな時代が来るのでしょうか。

 

 

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 今回取り上げたご夫婦の出来事は、高齢者肺がんの診療に携わるうえで、私に大きなインパクトを残しています。

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 考えようによっては、認知機能低下のために意思決定能力のない患者さんに対する対応も、一種の過剰診断なのかもしれません。

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