常々、医師は現場に立って患者さんに接してナンボの職業だと思っています。
どんなに学会発表や研究会発表を視聴したり、論文を読んだりしてもほとんどの場合、そこには数字や画像しか出てきません。
しかし、実際の診療には患者さんやご家族のいたみ、つらさ、よろこび、かなしみ、であい、わかれといった人としての生の部分とか、人間関係や経済状況からくる悩みといった個別の事情から、ときには経済や政治にまで思いを馳せなければならないことがあります。
以前もご紹介した「私のレジェンド」の患者さん、今年も年が改まるとともにご挨拶を交わさせていただきました。
oitahaiganpractice.hatenablog.com
その際、奥さまもがんに罹患されたことをお伺いしたのですが、一昨年と同様に、地方紙の「読者の声」欄に寄稿されていた記事を見つけて、なるほど、と思いました。
家事を担ってこなかった男性が、高齢期になって認知症の女性を介護しなければならなくなる、というのは、経験上もっとも難しい家庭環境のひとつです。
最近の出来事を思い出すだけでも、片麻痺と認知症の奥さんに認知症のご主人が生の腐ったジャガイモを食べさせてお腹をこわさせたとか、高度認知症で寝たきりの奥さんが褥瘡治療後にようやく自宅退院したのに、2週間もたたないうちに同じ場所に褥瘡ができてしまったとか、枚挙に暇がありません。
そんななか、H.E.さんは周囲の方々との関わりを上手に保ちながら、奮闘しておられます。
分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場で進行がん患者さんが5年、10年と長生きされることも珍しくなくなった今日、われわれも上手に連携して支えていかなければならないと思います。
今回もご本人の許可を得て、記事を取り上げます。
<温かい励ましに感謝>
大分市 H.E.(86)
末期がんで余命半年の告知を受けてから13年目を迎えた。治療を続ける中、昨年3月に妻もがんと診断された。検査で効果的な抗がん剤が見つからず、残された方法は緩和治療のみだといわれている。
認知症も進行しており、”病病”そして”老老”介護の状態が続く。特に認知症への対応は難しい。全く予期しない言動にストレスがたまるばかりだ。
介護疲れによる心中事件などの記事を見ると、どこか理解できるような気もする。しかし、自宅での世話は自分が決断したこと。どちらかが倒れるまでは頑張りたいと思う。
同じ地区に住む息子が毎週、掃除に来てくれる。食事や洗濯などはかなり慣れてきた。子どもたちの見送り活動、高齢者へのダンス指導、こけ方教室なども続けている。多くの仲間たちの温かい励ましが、自宅介護の大きな力になっている。心から感謝だ。ありがとう。