肺がん領域における免疫チェックポイント阻害薬の効果、一つの特徴として、
「無増悪生存期間は延長しないが、全生存期間は延長する」
ということがある。
特に、初期の臨床試験(進行非小細胞肺がんの二次治療としての免疫チェックポイント阻害薬の効果)では、そういった側面が強かった気がする。
果たしてこれはどういう成り行きを患者にもたらすのか。
「全生存期間が延長するのなら、それは患者にとって十分なメリットなのでは?」
漠然とそう考えていた。
しかし、いま、このことの意味を深く考えさせられている。
進行非小細胞肺がんと診断して、最近丸3年を経過した患者がいる、
80代後半の女性。
二次治療から免疫チェックポイント阻害薬を使い始め、最良腫瘍縮小効果はSDだが、これまで頑張ってきた。
発疹も経験した。
薬剤性副腎機能不全も経験した。
薬剤性腸炎も経験した。
薬剤性肺炎も最近経験した。
それらすべてを乗り越え、今でも頑張っている。
しかし、最近、彼女の心は折れた。
もうこの世でやるべきことはやりつくした、もはや少しでも早く楽になりたい、眠るように最期を迎えたい、と繰り返す。
薬剤性肺炎のためにまとまった量のステロイド内服をせざるを得なくなり、次治療の見通しが立たなくなった。
人の目を誰よりも気にする彼女にとって、少しでも脱毛の可能性のある殺細胞性抗腫瘍薬は選択肢に上がらないらしい。
安静時の酸素欠乏はないものの、患側の胸膜播種により常に呼吸困難感に苛まれている。
上大静脈症候群による頭頚部、両上肢の浮腫があり、それを軽減するための利尿薬内服が必要で、いつもふらつきを感じている。
そんな沈鬱な毎日に耐え切れず、私の診察の時もまったく目を合わせてくれなくなった。
もう楽になりたいと、定期内服薬すら拒否するようになった。
やむを得ず最低限の治療薬は点滴で使用することとし、患側の胸痛を和らげるための麻薬は内服から貼付薬に切り替えた。
本人、家族の希望にて個室管理とし、希望時には持続鎮静をかけて最期を迎える準備をすることになった。
疼痛コントロール良好、酸素吸入不要、きちんと薬を飲みさえすればいつでも外泊・退院は可能なはずの体調なのに、である。
まだ試せていない標準治療もある中で、持続鎮静を希望されたときに本当に自分が受け入れられるのか、今でも自信がない。
そう考えていて、はたと思い当たった。
無増悪生存期間は延長しないが、全生存期間は延長する、ということは、つまりこういうことなのではないか。
きちんとした裏付けはないものの、免疫チェックポイント阻害薬は、抗腫瘍免疫を賦活化することで、がんの進行を相対的に緩やかにしているのではないか。
あたかも、アルツハイマー型認知症に対するドネペジルや、特発性肺線維症に対する抗線維化薬がそうであるように。
そして、アルツハイマー型認知症も、特発性肺線維症もそうであるように、免疫チェックポイント阻害薬使用後のがん患者の自覚症状も、あたかも真綿で首を絞められるように、着実に患者を苦しめ、かつてよりも一層その時間が長くなっているのではないか。
「病勢は進行するが、長生きもする」→「病勢進行後、がん関連症状に苦しむ期間が長くなる」ということの意味を、みんなで考えるべきなのではないだろうか。