・病名、病状未告知での肺がん治療は許されるのか

 

 いま、90代後半の進行肺がん患者さんを担当しています。

 EGFR遺伝子変異陽性(エクソン19欠失変異)、がん性胸水を伴っています。

 PSは3相当、一定の理解力はあり、日常会話は普通にこなせます。

 さて、どうしたものか。

 

 この患者さんとはまた別件で、他の診療科に入院中の患者さんでこんな方がいらっしゃいました。

 現在、80代後半の患者さんです。

 A病院の呼吸器科で左肺上葉に肺がんが見つかりましたが、ご家族のたっての希望で本人には肺がんと説明されず、根治的左肺上葉切除術が行われました。

 その後、本人には説明されずに、術後肺がん患者さんを対象とした臨床試験に参加しました。

 その後、担当の医師は異動しました。

 数年後、別件でB病院を受診した際に、CTで右肺下葉に新たな病巣が見つかりました。

 B病院の呼吸器科で担当医とご家族が相談しましたが、ここでもご家族は本人には説明しないでほしいと強く希望し、本人には肺がんと説明されず、今度は放射線治療が行われました。

 その後、B病院で治療後経過観察が行われていたそうです。

 ご本人に胸の病気について尋ねると、病名はよく知らないけれど、放射線治療をした後は胸の痛みが軽くなって助かった、とおっしゃっていました。

 私なりにいろいろと考えるところがあり、うーんとうなってしまいました。

 

 極端に過ぎるとそしりを受けることを承知の上で言いますが、私は病状や治療について本人の最低限の理解が得られなければ、症状緩和目的以外の肺がん治療はすべきではないと思っています。

 冒頭に紹介した患者さんに対する治療は、本人が病状や治療内容を理解してくださるなら第一選択はオシメルチニブ内服で、そうでなければ胸水増加による呼吸不全や胸痛、背部痛が出現したときに胸腔穿刺や胸腔ドレーン留置といった処置で症状緩和を図ります。

 オシメルチニブ内服がうまくいけば、大きな副作用なしに胸水や原発巣のコントロールがつき、胸腔穿刺や胸腔ドレナージの必要が当面なくなり、寿命が延びる可能性があります。

 一方、オシメルチニブをはじめとしたEGFR阻害薬を使わないのであれば、殺細胞性抗腫瘍薬もまた使い難く、病状の悪化を手をこまねいて待ったうえで、その後に胸腔穿刺の繰り返しや胸腔ドレナージで本人に苦痛を強いる上、オシメルチニブを使用したときほどの寿命の延長は望めません。

 EGFR遺伝子変異が見つかった以上は早い段階でEGFR阻害薬を使用して、効果を確認すべきです。

 実際のところ、この患者さんのご家族も当初本人に対する病名・病状説明には否定的でしたが、EGFR遺伝子変異が見つかったこと、EGFR阻害薬による有効性がかなり期待できること、本人に最低限の病状説明をしたうえで、EGFR阻害薬を使うのが望ましい(胸水減少、原発巣縮小、寿命の延長といった効果が期待できる)ことを丁寧に説明しました。

 有効な治療薬があるのなら治療をさせたい、とのことでご家族みなさん納得され、ご家族同席のもとで要点のみではありますが本人に病状説明しました。

 びっくりされてはいましたが、薬があるならがんばって治療したい、とのご希望でしたので、近日中にオシメルチニブ内服を開始する予定です。

 なんとか退院して、少しでも長くご自宅でご家族と過ごせるようにお手伝いします